般若の素顔と極道の天使@

□10. 真島の決意
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真島がアサガオに着いたのは、夜の十時過ぎだった。息を切らして、いきなり現れた真島を見て、桐生は目を丸くして驚いた。

「真島の兄さん、東城会で何かあったのか?」
「いや、ただ……週末を沖縄で過ごしたかっただけ……や」
桐生は、突然、夜に、しかも手ぶらで来た真島に呆れ果ている。
会話を聞きつけた遥が駆け足で玄関にやって来た。
「真島のおじさん!晩ご飯もう食べた?」
遥は満面に笑みを浮かべている。
「メシは機内で食うたから大丈夫や」
「兄さんは、金持ちだから、フカフカのシートでメシを食ったんだろう。だが、荷物は一つも持ってないがな。フッ」

嫌味な笑みを浮かべた桐生につられて、真島と遥も顔を合わせてクスクスと笑った。

明くる日の昼過ぎ、桐生は子供たちの保護者会へ出かけ、真島は居間でくつろいでいた。
しばらくして、エコバッグを持った遥が現われた。

「遥ちゃん、どっか行くんか?」
「スーパーだけど?」
「ほんなら、俺も買物行くわ」
「いいけど。でも、スーパーなんて、つまらないと思うよ……」
「そなことないわ。せや、組員に土産でも買うたるわ」

こうして二人は琉球街へと向かい、無事に買物を終えた。
スーパーを出た時だった。遥が思い出したように口を開いた。

「私、郵便局で少し用事があるの。真島のおじさん、ちょっと、ここで待っててくれる?」
「俺もついて行くわ」
「大丈夫!すぐそこだから」

そう言い残した遥は、走って行って角を曲がってしまった。
だが、五分待っても遥は帰ってこない。そのうち十分経った。悪い予感がした真島は、目の前を通り過ぎる中年の女性に、郵便局の場所を教えてもらい郵便局へ走った。

その間、遥は街の不良二人に絡まれていた。
「おい、ねえちゃん、これから一緒に遊ぼうぜ」
「やめて下さい!」
「なあ、いいだろう?」
遥は男たちに腕を捕まれ、細い路地に連れ込まれて、地面に放り投げられた。
「痛いっ……」
アスファルトに乱暴に打ち付けられて、遥の足首に痛みが走る。
その時だった。
「お前ら、ワシの女に何しとるんじゃ!」と、ドスのきいた低声で真島が現れた。
目の前には、座り込んで足首をさすっている遥がいる。真島の怒りは、頂点に達していた。

(今にも、コイツらを殺してやりたい。せやけど、遥ちゃんの前でそないな姿を見せる訳にはできへん)

真島は、男一人を荒々しく捕まえた。そして、隠し持っていたドスを出して、それを男の喉に突きつけ、胸倉を掴んだ。
「今度、こないなことしたら、どうなるか、わかっとるやろなぁ?」
真島は隻眼を見開き、男をぎろりと睨みつける。
「す、す、すみませんでした……」
男は震え上がって、声もろくに出ない。もう一人の男は、恐怖のあまり腰を抜かしている。
真島がその男を突き放した途端、男二人は、這うように逃げていった。

「真島のおじさん……」
ハッと我に返った真島は、遥のもとに行きしゃがみこんだ。様子を見ると、右足の足首から血がにじんでいた。

「遥ちゃん、怖かったやろ。大丈夫か?俺が一緒に行ったれば、こないな目に遭わんかったのにな……。本当にスマン……」
「おじさんのせいじゃないよ。私、大丈夫だから!」
遥は笑顔で立とうとしたが、「痛っ」と言って、真島の肩に倒れ掛かってしまった。
「これは、病院へ行かなな……」
「大袈裟だよ。こんなのかすり傷だから……」
真島は、「アカン!」と、しゃがんだままで、遥に背を向ける。遥は首を傾げた。

「ほれ、おんぶしたるわ」
「い、いいよ……。子供じゃないし、そんなの恥ずかしいよ……」
遥は、顔を赤らめて瞳を伏せた。
「そないな場合ちゃうやろ。ここやったら、タクシー捕まえられへん。さ、早う乗り」
「う、うん……」
遥は、重たい右足をかばいながら、真島の首に手を回す。
「真島のおじさん、ありがとう……」
遥は真島の背中に頬を寄せる。
「こんなん当たり前や」

真島は、遥の温もりを背中いっぱいに感じながら、ゆっくり歩き出した。しばらく歩くと、真島の首に回されていた腕にぎゅっと力を入った。
「ねえ、おじさん、さっき『ワシの女に何しとるんじゃ』って言わなかった?」
遥が耳元で小声で尋ねる。
「あん?そんなん言うたかあ?アイツらに夢中で覚えてへんわ」
「そっかあ……」

真島は、自分がそう言ったことをはっきり覚えていた。足を止めて、じりじりと焼けるようなアスファルトをじっと眺めた。
(もう我慢できへん。俺は、やっぱり遥ちゃんに俺の女になってほしいんや。もう変でも構へん。誰が何と思うとええ。俺は遥ちゃんのことがホンマに好きや。遥ちゃんが二度と傷つかんように俺が守ったるんや)

真島は、一旦遥をヒョイッと担いで、背を伸ばし、再び歩き出した。
「真島のおじさん、重くない?」
遥の息が耳にかかる。真島の心臓の鼓動が一気に速くなった。動揺を隠すためにふざけたことを言ってみる。
「あ〜、メッチャ重いわ〜」
「え、嘘!私、降りる〜」
「ヒヒ。冗談や。せやけど、遥ちゃん、男には、気ぃ付けなアカンで」
「うん、迷惑かけてごめんね、真島のおじさん」
「ええんや。また何かあったら、助けたるからな」
真島は、ニッと笑いながら、姿勢を正した。

遥ちゃん、
これからは、
嫌なことも、怖いことも、
俺が全部背負う――。
真島は、遥の体温に包まれながら、一歩一歩踏みしめるように大通りへ向かった。

遥が真島におんぶされてアサガオに戻ってきた姿を見て、桐生はひどく動揺した。
遥は、起こった出来事の一部始終を桐生に伝えていた。
すると「兄さん、世話になった……。礼を言う」と、遥を助けてくれた真島に桐生は、軽く頭をさげた。
「やめや、桐生ちゃん。そないに礼を言われることちゃうわ。それに、もし桐生ちゃんと一緒やったら、こないなことにならんかったはずや……。堪忍や」
真島はすまなそうに頭の後ろをガシガシと掻いた。

その後、アサガオで楽しく週末を過ごした真島は、東京へ戻った。
数日経ったある日、真島は建設現場で、南に厳しく指示を出していた。

「おい、この作業は先週までに完成しとけと言うたやろ、このボケ!」
「すんません、親父……」
その時、真島のジャケットから携帯のメール音が鳴り響いた。

「誰や、このクソ忙しい時に」
真島が携帯を取り出すと、それは遥からのメールだった。

『真島のおじさん、足がすっかり治ったよ。本当にありがとう♪』

「ボケっとしとらんで、はよ仕事、続けんかい!」
そう南に言った真島だったが、その口元は緩んでいた。

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