□拝啓、泥を見た貴方へ□
□Shantytown1
1ページ/5ページ
〜1878 イギリス〜
この日は珍しく朝から晴天で、新聞売りと染み抜きの仕事に出るには丁度良い気温だった。
少女_リリーは普段から男子が被るような帽子にズボンであったため、後ろから見えるおさげを見るまでは、誰もリリーが少女だと認識されなかった。
リリーはこの格好を気に入っており、たまに街にやってくる劇団の公演は、女性禁制であるから、いつもは後ろに出している白銀の三つ編みも帽子の中に上手く入れ込んでしまえば凝った男装なんかしなくてもちゃっかりまわりの男子達に紛れて稼げるのである。(実をいうと周りの男子の中に気づいている連中もいるのだが、リリーの友達であるが故にうまいこと隠してくれている。)
彼女の周りの少女達も、女性達もちろん皆ワンピース(といってもエプロンのようなものだが)で、女性がズボンなんて考えられない時代であった。
だからこそお得意さまには見つけやすいのかもしれないが。
右肩からかけたメッセンジャーバッグに染み抜き用の土を少しと当て布と綺麗な布を入れて、あいた両手で新聞を抱えて新聞を売りさばきながら街をあるくのが、リリーの日課である。
「新聞〜、染み抜き〜、新聞〜、染み抜き〜」と声を上げて街を歩いていれば、果物屋のおばさんの家の子や、パン屋のおじさん、靴磨きのダーレンなんかが、たいてい新聞を買っていってくれたり、染み抜きの仕事を頼んでくれたりする。普通はお金で交換だが、この人達みたいに物々交換で新聞を売ったり、染み抜きをしてあげることもある。
「よお、リリー!新聞ひとつな。ん、これ料金。」
「ありがとう、ダーレン 。はい、今日の新聞。あ、あと頼まれてた染み抜き、出来たから持ってきたのよ。」
そう言ってリリーは新聞の料金と引き替えにメッセンジャーバッグから染み抜きを終えたズボンを取り出した。
「これでお間違いないでしょうか?」
リリーは笑いながら決まり文句を口にした。いつもの癖で、たとえ相手がダーレンみたいな関係であっても、これを言わないとなにかこう、むずむずするのだ。これはなかなか直らない。
彼の方ももちろん分かっているから、笑いながら
「そうそう!これこれ、これでございます。どうもありがとうございます。これで3日はきれいな服を着ることができます。ありがとうございます。」
と律儀に返してくる。リリーは微笑みながらダーレンに別れを告げた。今日の分のノルマもまだ残っているし、ここで一日をつぶせないのが残念だ。ダーレンはホントにユーモアがあって、ずっと喋っていても飽きないのだ。
立ち去り際、ダーレンがリリーに向かって言った言葉を考えながら、リリーは通りを歩き出した。