審神者の日常
□月夜
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「今日は綺麗な三日月だ。」
縁側に腰を下ろし夜空を見上げる。
先程まで書類などに目を通したり明日の予定を立てていたりと作業をしていたせいか、やけに目が冴えてしまった。
「おや、これは主。」
突然の人の声に驚き、私は声のした方を向く。
「…あぁ、おじいちゃんか。」
おじいちゃんと呼ばれた月明かりが映える彼、三日月宗近は穏やかに微笑しながらこちらを見ていた。
「はは、驚かせてしまったか。すまないな。」
「いや、平気だよ。」
そうか、と笑いながら私の隣に腰を下ろすおじいちゃん。
「それにしても、主はこのような遅くに何を?」
「おじいちゃんこそ。いつもはお日様と一緒に寝てるくらいなのに。」
おじいちゃんは通称がじじいなだけはあり、見た目の割には言動が年寄り臭い。
元々の刀である三日月宗近が11世紀末のものでその刀が付喪神となっているのだから仕方はないのだろうが。
「俺は目が冴えてしまってな。厠に行ったついでに、と少し散歩をしていた。」
「そっか…私もなんだか眠れなくてね。月を眺めていたんだ。」
私はもう一度空を見上げる。
「ほら、三日月が綺麗だ。」
「……。」
「…どうした?」
私は何故か黙ったままのおじいちゃんに声をかける。
「…いやな、なんだか俺が綺麗だと言われている気分でな。少し、むず痒い気持ちだった。」
おじいちゃんは顔を上げ、可笑しそうに笑う。
私は、自分が発した言葉を思い返しあぁ、と納得する。
「おじいちゃんだって、あの空の三日月みたいに綺麗だけどね。」
「そうか。それはよかった。」
互いに顔は見ず、空を見上げたまま会話をする。
そして、少しだけ静寂が訪れる。
「月は陽の光を受け、それによって輝くと聞いた。」
「え、おじいちゃんどこでそのこと知ったんだ?」
刀が使われていた時代、況してやおじいちゃんの時代なんてそんなことまだ知られていななかったはずだ。
「はは、ちと現世の書物を読んだのだ。」
そうか、そういえば短刀達が私の本を引っ張り出してきて読んでいたな。
きっとあの中に科学やら天体やらの本が紛れ混んでいてそれを読んだのだろう。
「月が俺たち刀だとすると、主は陽だ。」
「お日様?私が?」
「うむ。」
おじいちゃんは大きく頷く。
「俺たちは今はこうして肉体があるが、元は只の刀。その刀は何かを斬るにしろ飾るにしろ、理由が無ければ生まれることはない。そして在り続けるのも何かの理由を持つ。」
おじいちゃんは月が浮かぶ瞳で私を見つめたまま話し続ける。
「主は今、俺たちが在り続ける理由だ。突き放すような態度を取っている者もいるが、その様な者も含め皆主を護り、共に居たいと思っているだろう。」
その言葉で刀たち皆の顔が思い浮かぶ。
ぼーっとしているようで一番皆のことを気にかけているおじいちゃん。
「まぁ、つまりだな…俺たちが戦場で輝けるのは他でもない貴女が俺たちの主だったから、ということだ。」
微笑しながらそう言うおじいちゃん。
「…ありがとう、おじいちゃん。」
「はは、なぁに、俺は思ったことを言ったまで。それより、風が吹いて冷え込んできた。流石の俺たちでも主を病から護ることはできんのでな、部屋に戻るといい。」
「うん、そうだな。」
そう言って私たちは立ち上がり互いに手を振り合いながらその場を後にする。
「月が、綺麗だ。」