兄と弟と妹と

□自分の事がわかるのはやっぱり自分だけ。
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久々にそんな急ぐような依頼がなかったので、
ベッドでゴロゴロしていた。
暇だなぁ、暇だなぁ、掃除でもしようかな。
でも眠たいなと半ば船を漕いでいた時。

突然壁が壊れた。

「…ええええええ。」

ドゴォといった破壊音に飛び起きて壁を見たらぽっかりと大きな穴。
そうか、今まで俺がやってたのはこういうことなんだな、自重しよう。
そう半現実逃避に陥っている俺の目の前、もくもくとした煙の中からでてきたのは

「おう…神羅坊じゃないかね」
「おばちゃん」

おばちゃんだった。

++++++++++++++++++++

隣に住むおばちゃん(92歳)
年齢的にはおばあちゃんだが年を聞くといつも「女に歳を聞いたら男じゃない」と返されるのでおばちゃん扱い。
そしてきっと頭突きで壁に穴あけるおばあちゃんはそうそういない。

「で、どうしたの」

居間のソファにおばちゃんを座らせ、お茶を淹れる。

「いやぁああのぉおおお、
神羅坊が帰っとるぅいうから、見にきたんじゃぁ」
「いや、嬉しいんだけどあの穴どうにかしてくれる?」
「元気そうじゃぁのぉおお、」
「聞こえてる?おばちゃん聞いてる??」
「今まで、どこいっとったんじゃぁああ」
「仕事だよ、ちょっとブラブラと」

話しても無駄なので穴のことは忘れよう。

「いぃっつもそうじゃぁ、
この家は帰ってきたと思ったらァ、すぐいなくなるんじゃぁ」
「…うん」
「神威くんもぉ、神楽ちゃんもぉ、親父さんもじゃぁ。
遂には神羅坊まで行くんじゃからァ、
お母さんが寂しいじゃろぉ」
「…うん」
「昔は、もっと騒がしかったじゃろぉにぃ、」

おばちゃんは辺りを見回した。
目元にうっすらと涙を浮かべながら、俺に語り掛けるように、独り言のように、けれど悲しく。

「こんな静かになりおってぇ、なぁ」

返事は、できなかった。


++++++++++++++++++++

おばちゃんの娘さん(59歳)が作ってくれた煮物のおすそ分けを頂いたのでご飯を炊く。
おばちゃんはさめざめと帰っていった。
人の家のために泣けるおばちゃんは、いつだって温かかった。
久しぶりに人が居たからか、誰もいない家はなんだか寂しくて。

「…。」

なんだか胸が痛んだ気がした。


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ご飯が炊けたのでちょっと早めの昼食をとろう。
ご飯をよそって、煮物と一緒に食べていく。

「いただきます」

食器の音だけが響く。
食べ終えたら何をしようか。
観念して、お風呂掃除に取り掛かろうか…ついでにちょっといい入浴剤をいれて…。

「ごちそうさま」

そういえば食器洗剤切れてたな、後で買いに行こう。
食器を洗い終え、洗剤を手にとった、ら

「っ、げほっ、がは、っ、っ…」

急に咳き込んで、立っていられずその場にへたりこむ。
三半規管をぶん回されたような吐き気、そして目眩と、胸の苦しさ。
…あーあ、せっかく洗ったのに
血がついた皿は、もう捨てた方がいいかな、なんか変な菌拾いそうだし。
ふらふらになりながら、ソファに倒れ込む。
薄れていく意識の中、窓の外の雨音が酷く頭に残った。

…わかってるよ。



10:自分の事がわかるのはやっぱり自分だけ。
 

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