兄と弟と妹と
□ページ捲って手が触れてなんて迷信。
1ページ/1ページ
『好きだ』
それは眼が眩むほど、月が大きな夜だった。
俺はあいつにそう告げた。
神羅はその蒼の瞳を一瞬揺らがせ、またいつもの様子に戻った。
『俺はー』
++++++++++++++++
「好きだ」
また、あの時と同じような月の綺麗な夜。今夜はスーパームーンだなんだとこいつは言っていたな。
紫煙を散らしながら俺は同じ言葉を告げる。
言われた本人はと言うと。
どこか憂いを含んだその寂し気な目で。
口角を少し上げて、言葉を紡いだ。
また、あの言葉を。
神羅は言う。
『俺は自分のために生きられない』と。
『自分のためと言っておいて、自分以外を理由に生きている』のだと。
俺が想いを伝える度に、神羅はその言葉を返した。
確かに的を射ていると思った。
神羅には大切なものがない。
どうしても死ねない、という未練にも近しい『何か』があいつには欠如していた。
弟妹と同じくらい、そして弟妹よりも大切なものがなかった。
『未練かー…心残りっていうか、ないこともないんだけどな。
…あいつらが、和解した姿を見たかったなぁ、なんて』
どこまでも愚かなほど優しく、どこまでも兄で居続けようとする。
違う、お前は
お前はまだ、
神羅の肩を掴む。
少し驚いた様子で俺の出方を待っていた。
「まだ死ぬな」
俺の想いを置き去りに、お前は、
++++++++++++++++
高杉の気持ちを受け入れていないわけではない。
もちろん、偏見だってない。
しかしらしくなかった。
高杉が、こんなにも感情的になるなんて。
まるで駄々をこねる幼子のような、悲痛の顔。
俺の肩を掴み、服に縋り付くようにして。
あーあー、煙管落ちたよ。
「まだ、死ぬな」
高杉は繰り返す。
「俺が世界を壊すまで、俺を置いて逝くな
俺が壊した世界を、見て、生きろ」
なんだその突然の俺様的発言は。
俺が俺がって、自分のことばっかり。
…嗚呼、でも。
そんな言葉が
「神羅、てめぇは自分のために生きられないと言った。
なら、俺のために生きりゃあいいじゃねぇか。
他に理由がないのなら、俺と共に生きろ。
…理由なんざ、生きてりゃ見つかるもんだ。
見つかるまで、俺と生きればいいじゃねぇか」
こんな言葉が、こんなにも嬉しいなんて。
誰かに、家族ではない他人に、『生きてくれ』と言われることが。
とっくに生きることを諦めて、多少の心残りはあるけれどそれでもいいと思っていたはずなのに、
俺は、
「っ…俺だってまだ生きていてぇよっ…!
お前らと、高杉と生きていてぇよ…!」
20:ページ捲って手が触れてなんて迷信。