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「ちょっとそこのギターの人! 俺と一緒にバンドやろう!」


 埃臭く澱んだ閉鎖空間、まだ奏で終えた音の余韻も消えやらぬうちに、図々しいほどによく通る声が響いた。

 見れば、観客を強引に掻き分けるようにして、一人の若い男がステージのすぐ傍まで来ていた。周囲の迷惑そうな目など一切意に介さず、その目は射貫くように真っ直ぐに、そして彼にとっては非常に不本意なことに、ステージ上の他ならぬ時貴に向けられていた。
 困惑する仲間や観客やスタッフの視線から逃れるように、そそくさとステージ裏に戻ると、そこにはさっきの男が待ち構えていた。


「ちょっと待って。俺の話聞いてよ!」


 視線を合わせず横を素通りしようとするも、当然そんなことで逃れられるはずもなく、痛いほどにがしりと腕を掴まれて、渋々足を止めた。仲間たちは同情するような生暖かい視線だけを残して、厄介ごとは御免だとばかりに彼を見捨ててどこかに行ってしまった。
 全く薄情なものだ。

(呪いあれ)

 それは彼が急遽助っ人を頼まれて出演することになったライブでのことだった。話が来たのが一週間前で、急に頼まれても困ると断ろうとしたのだが、どうしてもと頭を下げられて仕方なく承諾した。聞いたこともない曲を大急ぎで覚え、覚えきれなかったところは適当にアドリブでごまかした。というか実際のところ申し訳ないことに大半が適当だった。

「さっき俺が歌ってるとこ見た?」
「……いや、ちょうど準備中だったから」
「見てないの?! じゃあ今から見せてあげるからスタジオ行こう」
「いや、それはちょっと」
「俺の歌聴いてよ。聴けば絶対納得するから。君才能あるでしょ。俺にはわかる。あの曲にあんなアレンジつけられる人間は君以外いない。君はあの程度のバンドに甘んじてていい人間じゃないよ」
「……はあ」

 面倒なことになった、とその男から目を逸らした。

「俺は別にプロ志望じゃないし趣味以上にするつもりはないし、アドリブはただの適当だ」
「その適当がセンスなんだよ。いいから、一緒に来てよ」
「嫌だ」
「なんで」
「いきなりそんなこと言われても知らねえよ。俺に才能あるように見えたのはあんたの勘違いだ」
「俺の目が節穴だって言いたいの?!」
「勝手に買い被られても迷惑だって言ってんだよ!」

 突然激昂した男に胸倉を掴みあげられ、時貴も負けじと掴み返す。そのまま狭い通路でぎゃあぎゃあ怒鳴りあっていた所を、見かねた仲間たちに止められた。
 男はそれでもしつこく騒いでいたが、結局誰かに無理やりどこかに引きずられていった。


 後から聞いたところによると、この悠多という人間、かなりのトラブルメーカーとしてちょっとした有名人だったらしい。歌は突出して上手いし、容姿も華があって、良い曲も書ける。実力はあるらしいが、メンバーを募集しては衝突して解散を繰り返しているという、バンドクラッシャーという有難くない通り名をもつ問題児なのだと聞いた。まさか自分にその問題児から白羽の矢を立てられるとは、と頭を抱えた。




(一言でいえば、第一印象は最悪だった。)





「何思い出してるの」
「いやー、人生ってのはわからないもんだと思ってね」
 その頃はバンドはただの趣味と人付き合いの一環としてやっていた程度で、本格的に活動するつもりも、ましてやプロを目指そうという気持ちも毛頭なかった。
 その時はなんとか逃げおおせたのだが、その後何度もストーカーのように居場所を突き止められた。
 それはもう、本当にしつこかった。しつこすぎて恐怖を覚えたほどだ。あまりに悠多がしつこいものだから、趣味程度のバンド活動自体辞めてしまおうかと思っていた。

「俺に会えてよかったでしょ」
「さあな」

 あれは人生で一番の大事故だ。あれが自分の運の尽きだったのだろう。きっと出会った瞬間に、悠多を選ぶ以外の選択肢は奪い去られていたのだ。

 自分はきっともうあの光からは離れられない。
 自分の音を得て、時を経るごとに人間離れした質量で世界を飲み込んでいった歌は、混沌とした漆黒の宇宙空間で燦然と輝く恒星のようだった。いつかその光が世界を染み一つない純白に塗り替えていくようにすら思えた。


 気づけば自分はその光の中にいた。
 いつしかそれは誇りになっていた。


 星が消滅しても尚、その光は遥か数億光年の先までも届くように。
 あの眩いばかりの光は今もどこかに届いている。








......

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