小説部屋─山猫─

□私の好きな人
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「ガンちゃん、グレープフルーツ剥いたから食べない?」
お昼ご飯食べたあとに何かメカのアイデアが閃いたみたいで、作業場に籠もったガンちゃんの背中に声を掛けた。
「うん、でもごめんアイちゃん。これ先に仕上げたいんだ。あとで食べるから先に食べてて」
でもこっちを向く事もなく返ってきた返事。
でもそう言ってくるんじゃないかと思ってた返事だったから、グレープフルーツが入った器を持ったまま、作業に集中するガンちゃんに近付いて隣で足を止めた。
「はいガンちゃん。あーん」
「うん?。…。あー」
フルーツフォークに剥いてあるグレープフルーツの一房を刺して、ガンちゃんの口元に持って行ったら、一瞬手を止めて差し出されたものを見たガンちゃんが口を開けて。
ぱくりとグレープフルーツがガンちゃんの口に入った。
「ん〜っすっぱーっ。でもうま〜♪」
「どう?。酸味で集中力が冴えるでしょ」
「ああ。もう一つあ〜」
「ふふっ。はい」
催促して口を開けたガンちゃんの口に、またグレープフルーツを入れる。
『あとで食べる』って返事が解ってたから、半分に切らずに一つ一つ剥いた。
半分に切ったら、食べる時は作業の終わった時になるし、もし『すぐ食べる』って言った時は作業の手を止めなくちゃいけないから。
グレープフルーツの酸っぱさは集中力が引き締まる酸っぱさだから、作業しながら食べてほしかったし、メカいじりが好きなガンちゃんの作業の手を止めさせたくもなかった。
「ねぇガンちゃん」
「ん?」
作業に戻ろうとしたガンちゃんに、悪いとは思いながらももう少しだけ呼び止めた。
「ここで見てていい?。邪魔?」
「まさか。どうぞどうぞ、アイちゃんに見られてたら作業も捗る♪」
「もう、ガンちゃんたら」
ニカッと笑って言ってくれたガンちゃんのその言葉がお世辞なのかほんとにそう思ってくれてるのかは解らないけど。
でも見てていいって言ってくれたから、もう一つグレープフルーツをガンちゃんの口に運んで、また作業に戻ったガンちゃんの横顔を眺める。
(……かっこいいなぁ…∨)
メカを作ってる時のガンちゃんの顔。
この顔が好き。
いかにも好きな事をしているって、楽しそうな充実してる顔。
口に笑みを浮かべて、でも真剣に、集中して作業してる顔。
ドロンボー一味と戦ってる時のガンちゃんもすごくかっこよくて好きだけど。
こんな風に充実してる顔で作業に没頭してるガンちゃんも好き。
「すごくいいニオイ」
「え?」
かっこいい横顔に見とれてたら、顔と目線は手元のメカに向けたまま、笑みを浮かべるガンちゃんの口が笑ったまま動いた。
「グレープフルーツ。なんだかホントに集中力が冴えるニオイだ」
「…ふふっ∨。今日お店で目に留まったから買ったの。でも買ってよかった。ガンちゃんの作業の捗りに一役買えて」
「うん。ありがとなアイちゃん」
「…。うんっ」
ガンちゃんがメカ作りに入る事もあの時は思ってもなかったから、たまたま買っただけのグレープフルーツ。
だからお礼を言われるのはちょっと違うとも思うけど…。
でもガンちゃんの作業に協力出来てる事も嬉しいし、ガンちゃんのお礼の気持ちも嬉しいから。
そのお礼の言葉と気持ちを受け取って、またドライバーを動かし始めたガンちゃんの顔を見ながら、私もグレープフルーツを一つ口に入れた。


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