under the rose

□chapter.36
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「は? 何お前ら……」

突然の闖入者に咄嗟にラゼルの方を見れば、彼女は別段驚いた素振りも見せずに膝の上のたしぎの髪を撫でていた。自分のものと触れ合っていたはずの美しい手はとっくにそこになく、なんだか幻を見ていたような気分になる。そしてだんだんと怒りが込み上げてきた。彼女と二人きりの、あの夢のような甘く美しいひとときをぶち壊したのは……

「ささ、クザン殿、時間ですぞ! いざ共に行かん、夢の国ーー!!」

「おま、ビノシュ……」

先陣を切って颯爽と現れたのは、紳士然とした立派な顎髭を蓄えた男、ビノシュ。こいつはボルサリーノんとこの部隊の馴染みの中将で、最近独りになった反動とかで派手に遊びまくってるらしい。きびきびとした立ち居振る舞いをしてるように見えるが、こりゃ既にベロベロに酔ってる状態だ。なんせ、奴の気取ったオートクチュールのコートの房飾りは、何故かどちらとも鳥の巣にすり替わっている。小鳥が二匹、おとなしくその中にうずくまっている芸の細かさに、何だか余計に苛立が増した。
その後ろからも出るわ出るわ、うじゃうじゃと傾れ込んで来る男たちの数は、ついに二十を超えた。みながよく知る気のいい部下たちで、普段も何かと目をかけてやってはそれに応えてくれる信頼関係の出来上がった者ばかり、のはずなのだが……

「あれ? なァに固まってんスかー!? あ、わかった! ラゼル大尉の前だからってカッコつけちゃってんでしょ!?」

……おい、やめろ! 本人の前でそういうこと言うの!

「もうっ、いいでしょー! カッコなんかつけたとこで女出来ませんよ!? アンタそーゆーの向いてませんて!」

……向いてないって何が? おれ、みんなにどう思われてんの?

「そうそう! いい加減気付いて下さいよ! いっつも最初だけで面倒んなって失敗すんだから!」

……確かに気合い入れて取り繕って失敗したことが……ないこともない、ような。てかなんでお前がそれ知ってんだ?

「聞きましたよー! あんだけ噂になってたラゼル大尉とはなんっも関係ないみたいじゃないスか! もうおれたち、今年はお誕生日御一緒出来ないんじゃってしんぱ、あいや青キジ殿の幸せを喜んでたんですけどね!?」

……嘘つけ! お前いつも一番ハメ外して楽しんでるだろうが!

「でもお二人付き合ってるとか全然ないってコビーから聞いちゃって、歓喜し、や、そりゃ残念だよなってみんなして悲しんでですね、出来るオレたちゃ至急今夜の二次会セッティングしたって訳ですよ! あそこの店、ご贔屓のクザン大将のためだってんで、今日はめいっぱいカワイイ子揃えてくれるって話です!」

……ぬぉぉ……! コビーの野郎ォ……!!

「さァ、今から自然体のアナタを愛してくれる女のいるとこ行きましょうや!」

「独り身さいっこォォーーー!!」

「おーーーーーーーっ!!!」

そいつらは、口々に何かしら喚いて寄越したと思ったら、最後は全員で一斉に畳み掛けてきやがった。まるで今から敵方に突入するかのような勇ましさだ。

「お、お前ら……」

クザンはピクピクと引き攣るこめかみを押さえた。そうしなければ、この場にいる全員を氷付けにしてしまいそうで。

「あ、大将殿が嬉しくて震えてらっしゃるではないか! いや、なんのなんの、礼には及びませんぞ!? あなたには以前から何か近しいものを感じておりました故。一人の女に縛られる生活なんて、きっとあなたには似合わない! 家にいるなだの早く帰って来いだの、女は本当に面倒ですぞ! ビバ独身! だっはっはっ!!」

ビノシュの馬鹿笑いに一瞬殺気が湧いた。一度だって結婚生活を味わったことのないクザンにとって、結婚とはある種の憧れであり、羨望の対象だった。周りからのイメージに任せ風来坊を気取ってみたところで、実際はそんなに独りが好きな訳でもない。むしろ寂しがり屋さんだ。いつも自分の帰りを待ってくれてる女がいるなんて嬉しいじゃないか。惚れた女に縛られてみたいと思うことだってある。ていうか実はそういうの結構憧れる。ここ数年付き合ってきた女はみんな、なんというかその辺がドライな子が多くて、それならこちらも放っておいた方がいいのかとフラフラしてると、やっぱり私じゃダメなのねといつの間にかフラれていたりする。どうしてなんだ……。

「あー、なんだ……せっかくお前らが気を遣ってくれたとこ悪いんだが……」

クザンはどこまでも無遠慮な部下たちを怒鳴り飛ばしたい気持ちを抑え、のっそりと身を起こすと、気を沈めるように深く息を吐いて座り直した。
そうだ。こいつらだっておれのためを思っての行動なんだ。ラゼルの前での度重なる失言には震えるほど怒りを覚えるが、普段は気のいい連中だ。そう、ちょっと酒癖がよろしくないだけで……。

「え、なんスかー? もったいぶっちゃって。まさか、行かないとか言い出すんじゃないでしょーね?」

「だーかーら! もうそういうのいいですって。ちゃんとわかってますからね? てかホラ、そろそろ彼女ら帰りたそうにしてますし?」

てゆーかたしぎ軍曹寝てますしね? とラゼルにうっかり目配せしてしまったそいつは、微笑み返されて石化している。クソ、勝手に目を合わすんじゃねェよ。

「悪いが、おれは今夜は先約が……」

「あァ!? 何を若造がエラそうなことを」

「!?」

心を決めていざ断ろうとしたとき、大柄な部下たちを押し退けるように、もの凄い威圧感を放つ男が現れたではないか。それはどしんどしんと雑な大股でクザンの元まで来ると、その首根っこを慣れた様子でグイッと捉えた。

「ぐェェっ、ガープさん……!? なんでアンタが」

この重み、締めつけはいまだに体に染み付いている。久々に喰らうそれは、随分懐かしいもので、しかし変わらず強烈だった。

「んん!? なんだ? わしが居ちゃあマズいんか!?」

「いや、そういう訳じゃ……てか放してください。なんか前よりパワーアップしてるから……!」

「おお!? そうか? 照れる!! ぶわはははははっ!!」

酸欠で回りの悪くなった頭で、クザンは考えた。なんでこの男がここにやってくる? あまり酒の強くないこのじーさんは、酒の席では一通り食うだけ食うと、だいたい最初の方で潰れて寝てる。そして、二次会が始まる頃には部下に担がれて家まで送り届けられてるのが常だ。それが……

「一体どういう風の吹き回しで……?」

やっとのことで太い腕から逃れると、クザンはさり気なくガープから距離をとった。

「ん? 今日はちぃと仕事で遅れてきてな、まだ食い足りんと思うとったら、旨い肉食わせてくれる店があるっちゅーんでな!!」

「肉……? てか誰がそんな、」

余計なことを。危うくそう言いかけたとき、ガープの傍らからぬっと、更に別の人物が姿を表した。

「サカズキがお声をかけたんだよォ〜〜〜」

「ボルサリーノ、アンタまで……」

よく知るその間延びした声に、クザンは軽い目眩を覚えた。

「わっしもついさっき来たところなんだよォ〜〜。任務から飛んで帰ってきたってのに、おっかしいねェ〜〜? もうお開きってそんなことあるかい? まったく誰がこんな忙しい日に宴会をしようってんだかねェ?」

「いや、誰だろなァ? ハハハ……」

「おかげでそこの別嬪さんと一緒に飲めなかったじゃねェでしょうよォ〜〜」

ぶつぶつと不満をこぼすボルサリーノに、クザンは乾いた笑みを張りつけ言葉を濁した。もちろん最終的な日程を決めたのは自分で、それは、ボルサリーノが任務で参加出来ないのを見越してのことだった。なぜなら、この男がいなければいないで、何かと好都合だったから仕方ない。ボルサリーノは危険な男だ。それはもちろん戦闘能力についての表現でもある訳だが、もう一つは男として、という意味もあった。とどのつまりは、出来るだけボルサリーノをラゼルに関わらせたくなかったという、至極狭量な私情が働いた結果なだけなのだが。

「ハァ……、こんな時間までご苦労なこって」

「あったりまえでしょうが〜〜。何たって今日はクザンの誕生日だからねェ〜〜! 祝ってやらなきゃカワイイ同期が拗ねると思って、光速で仕事片付けて来たんだよォ? うん、そうだった! ハッピーバースデ〜〜、クザ〜ン!」

「ソリャドーモ……」

誕生日を祝う気なんかこれっぽっちもないくせに。クザンはその言葉を喉の奥に押し込んで、気のない礼を返した。そうだ、こういうことを誰彼構わず恥ずかし気もなく言ってのけるところがムカつくんだ。不思議とあまり噂になることはないが、実は、女に関して一番手が早いのはこの男だ。こいつには昔からいつも狙ってた女を取られてきた。ニコニコと優しい面をして、いつの間にか相手の心に入り込むのが得意な遣り手がこの男。マメだし、洒落者だし、甘やかしてくれるってんで当然女も夢中になる。だが、その他大勢の人間にもあまねくそんな態度だから、そのうち女の方が耐えられなくなって去って行く。で、当然去る者追わずな訳だから、本当に質が悪い。そりゃ独り身だってのもうなずける。

「三大将が揃うことなんて滅多にないでしょうよォ? 腹も減ってるし、美味い酒が飲めるって聞いて楽しみにしてたんだけど、まさか、行かないなんて言うんじゃないだろうねェ〜〜?」

「いや、そりゃそうだが……ん? てかサカズキも行くのか?」

「え? サカズキさ、大将、も……?」

その言葉にいち早く反応したのはラゼルだった。ぴんと耳をそばだてる猫のように、彼女の意識が迷いもなく向けられたのは、そこだけふつりと灯りの途絶えたような桜の幹の影だった。
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