wanderer into the blue 3

□No.10
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渦巻く星の群れが頭上で踊っている。瞼を閉じた目の中にも星屑が散らばってチカチカとうるさい。低く唸るような波の音が頭の中で反響していた。肌を撫でるねっとりとした潮風。熱く灼けた胸に空気を送れば、世界が波打つように揺れて溺れてしまいそうだった。

「……っとと」

地面が柔らかく傾いたかと思ったら頬に砂が押し付けられるような感覚があった。どうやら砂浜に突っ伏してしまったらしい。ざまぁない。ごろりと身を翻すと、ぼんやりと明るい海を眺める。空と海がにじむ傾いだ視界の中で、楽しそうにひらひらと踊る影がひとつ。

「アハハ、ローくん、大丈夫ですかー?」

濡れた白い脚が月光を跳ね返して煌めいている。寄せる波に迫っては追われ、水飛沫を跳ね上げながら踊っていたジェイドがひらりと側転した。そしてまばたきの次には目の前に現れていた。砂を踏んで仁王立ちに見下ろしてくる彼女の逆さまの姿は、眩い半月を背負って華奢な輪郭を青白く浮かび上がらせる。

「ほら、一緒に」

「いや、おれは……、ぅわっ」

こっちのことなんてお構いなしで腕を強く引かれ、質量の増した重力に蹂躙される。脳が揺れて足元がおぼつかない。

「ふふ……、アハ」

ジェイドはずっと上機嫌だ。楽しくて仕方がないというように漏れ出す笑みに、ローもつられてしまう。互いの両手を輪のように繋ぎ合わせると、とっくに空になったボトルを蹴っ飛ばしてデタラメなダンスを踊る。砂に足が取られ、片方がつまずいてはもう片方が引き寄せ立て直す。もうどちらが支えられているのかわからない。砂の海で溺れるようなステップを繰り返し、それに飽きるとあとはぐるぐる回った。笑いながら、よろめきながら、ふわふわと。

「ハハ……わけわかんねェ」

酔っている自覚はあった。ほとんど彼女が干してしまったと言えるあの酒は、恐ろしいほどアルコール度数が高くて、ひと舐めしただけでも喉が灼けてしまいそうだった。あれは酒じゃない。ほぼエタノールと言っていいくらいの、消毒用のアルコールだ。味なんてあったもんじゃない。成分が怪しければ胃の粘膜がやられてしまうかもしれない。なのに、それを美味そうに飲むジェイドに負けじと見栄半分、無理矢理流し込んだのが間違いだった。ボトルから口を離した途端に体はカッと熱くなり、ぐにゃりと視界が揺れた。酔いを醒ますため風にあたりに海に行こうと洞窟を出たあたりから足元が覚束なくなった。今はもうあちこちの感覚が曖昧で、だけどやたらと気分がいい。

「ローくんもしかして酔ってる? でもなんだか楽しそうー! 私も楽しー!」

ジェイドも酔っているのだろうか。テンションが高い上に力加減がおかしい。しっかりと掴まれた両手首の骨が痛い。延々と力任せに振り回されて、このままでは意識が体から乖離してしまいそうだ。まるで昔話に出てくる間抜けな虎みたいに、二人の体はドロドロのバターになってしまうかもしれない。

「ちょ、ジェイド……ギブ」

「えーー?」

ポップな絵柄で描かれていた巨大なドーナツ状の黄色い脂の塊を想像した途端に気持ち悪くなってきて、引っ張られるまま動かしていた足を止めた。

「あ、ちょっ……」

いきなり止まったローの足にひっかけられる形で、ジェイドの体がつんのめる。

「わっ、キャ……!!」

「え、うわっ!?」

もつれた足をほどけずに、バランスが崩れた二人の体は転がるように砂の上に投げ出された。

「う……、ぐぇっ」

咄嗟にジェイドの体をかばったローは、彼女の頭を胸に抱くようにして下敷きになった。幸いそこは砂浜で、背に受けた衝撃は大したものではなかった。だが、抱えたジェイドの頭が顎にしたたかぶつかって激しく脳が揺さぶられた。しばしものも考えられずに、薄目を開けた中に浮かぶ頭上の月を眺めていた。
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