wanderer into the blue 3
□No.11
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西の彼方には遠く大陸の山陰がいまだ暗い紫紺の闇に包まれたまま延び拡がり、そこから目を移していく一度ごとに早朝の天蓋は色を変えて、向かう先の水平線から淡い朱の雲筋を刷いた朝焼けへと続いていく。見渡す限りの大海原に滲み出す朝の光が、波打つ海面に踊る。
「!?」
その光景に見蕩れていたローの左頬を、何かが背後から鋭くかすめてパシャンと海面に突き刺さる。一瞬の出来事だった。
「え、」
それは海中でまばたくようにひとつ煌めいて海底へ消えた。頬を押さえてみれば、わずかに血が滲んでいた。少し遅れて鈍い痛みがやってくる。何事かと身を強ばらせたローは、先を行くジェイドの手を引く。
「どうしました?」
気持ち速度を緩めたジェイドが首だけで振り返って問う。
「今、なんかっ」
走り通しで息が上がってうまく言葉が出て来ない。今起こったことをどう説明しようかと言葉を探していると、視界の隅で、またあの光がまたたいた。
「あ、危なっ……!」
やはり背後から。ローを追い越して、次は疑問を浮かべるジェイドを目がけてそれが飛んで来る。ローはジェイドの背に体当たりして接触を防いだ。
「っきゃ、どうしました!?」
驚くジェイドが大きく前につんのめる。
「わ、わかんねェけど、なんか、来る!」
「へ? なんかって、今のは……」
ぐらりと体勢が崩れた二人だったが、なんとか互いを支え合ってバランスを取る。足は止まっていた。
「ジェイド、おれの後ろに隠れろ!」
「ちょ、ローくん、」
強く握りしめたままのジェイドの手をぐっと引き寄せ、ローはその背に庇うようにした。
クソ、こんなとこで、何だってんだ……!
敵襲だろうかと神経を尖らせるが、なぜだか嫌な感じはしない。悪意ある者に向けられる憎悪や殺気には敏感な方だ。命のやり取りの場で感じるような、首の後ろがチリチリと引き攣るみたいな感覚はない。ただ、得体の知れぬ無数の何かが足元の方から迫り上がるようにして次第にこちらに近づいて来る。
「ローくん、これは」
「しっ、来たぞ!」
何か言おうとするジェイドの声を遮って身構える。
シュッ、と風を切る音が聞こえたかと思うと、視界の端でチラリと光が瞬いた。
パシャ、パシシャ、……ザーーーーーーーーーーーーッ。
最初の水音に続くように、幾多の煌めく銀の矢が波間を切り裂いて次々に姿を現す。
「うわぁぁっ」
その数はとても数え切れない。まるで、光の群れが一斉に襲いかかってくるようだ。これではとても防ぎようがない……と思った瞬間、ジェイドに強く腕を引かれた。
「走って!」
背後から、頭上から、銀の針を撒き散らしたような光の矢が迫り来る。二人は前に倒れ込むようにして全速力で駆け出した。
「ハァ、ハァ……っ」
ジェイドの背を守るつもりで出来るだけくっついて走った。必死に波を蹴った。あれが突き刺さったら痛そうだななんて考える余裕もなく、ただ前を見て駆けた。