短編
□あの時からずっと
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「詩紀ー!裏々山で走ってたらいっぱい傷ができちゃったから手当てして!」
「…七松先輩」
そう、この学園でも暴君と名高い六年ろ組の七松小平太である。
「いっつも裏々山で鍛錬なさる時は気をつけてって言ってるじゃないですか!どうして毎回毎回こんなにいっぱい傷をつけるんですか!手当てする身にもなって下さいよ!」
「なははは!すまん!気をつけてはいるんだがな!」
「こんなのは気をつけてるうちに入りません!」
小言を言いながら、それでも手際よく手当てをしていく詩紀を小平太はじっと見つめた。
その視線に気づいた詩紀は、小言を中断し小平太を睨んだ。
「聞いてるんですか…?」
「ん?ああ!つまり、詩紀は私を心配してるってことだろ?」
「なっ…なに言ってるんですか寝言は寝て言って下さい!」
「…心配、してないの?」
「そ、そんなこと言ってないじゃないですか…その、七松先輩が怪我すれば、心配しますよ…私だって…」
大きかった声が、だんだん小さくなっていった。
そして、小平太の嬉しそうな顔を見て、ようやく自分が言った言葉がいかに恥ずかしいものだったかを理解すると顔を真っ赤にさせた。
「べ、別に!七松先輩が心配とかじゃなくて!怪我すればみんな心配しますから!」
「えー?でも、さっき、七松先輩が怪我すれば心配しますって言ってたじゃんか!」
「そんなこと言ってない!です!もう手当て終わったから、早く行って下さい!」
顔を背けて、詩紀は障子をびっと指差す。
小平太は、このツンデレな後輩が好きでたまらなかった。
いつも、いいところで委員長の伊作が邪魔をするように保健室に入ってくるが、今日はそんなことがないように塹壕をたくさん掘っておいた。
今頃は不運な伊作であれば、塹壕に落ちていることだろう。
今日は心置きなく詩紀を口説けるなぁ、と。
この可愛い後輩をぎゅっと抱き締めた。
「詩紀!!」
「わっ!な、なにするんですか!」
「しきー…可愛いなぁ」
「ばば、馬鹿なこと言わないで下さい!」
「小平太ぁー!!」
詩紀の顔が真っ赤になって慌てているのを見て、小平太がさらに抱き締める力を強めた時、保健室の障子が勢いよく開いた。
すぱーんっと大きな音を立てて障子を開いたのは案の定、泥だらけの保健委員会委員長の善法寺伊作だった。
意外と早かったな、と小平太はこっそり思った。
伊作は詩紀を抱き締める小平太を見て鬼のような表情になった。
「小平太!君ってやつは!また詩紀がいる時を狙ってくるなんて!!」
「まぁまぁ、そう怒るな!私だって、狙って来てるんじゃないぞ!今日は、詩紀いるのかなぁって思ったら、いつの間にか怪我してるんだ!」
「君の勘は獣並みなんだから!…というか、早く詩紀を離しなよ!」
「ん?おお、すまんすまん」
小平太は詩紀を解放する。
その際、詩紀の赤い頬にちゅ、と口づけを落とした。
途端に詩紀の顔は赤くなり、ついでに伊作の顔も赤くなった。
ただ、その赤にはそれぞれ違う意味が含まれているが。
「いつも手当てしてくれてありがとな」
さらに、耳に口づけながら囁いた。
「〜〜!!」
「なはは、詩紀、顔真っ赤だな」
「だ、誰のせいだと…」
「小平太ぁあ!!」
もう1回、と口を頬に近づけると、顔を真っ赤にして怒る伊作の拳骨が小平太の脳天に直撃した。
「いったぁぁ!伊作!痛いじゃないかぁ!」
「自業自得だよ!まったく!手当てが終わったんなら、早く出る!」
「むぅー…伊作のケチぃ…」
「ケチじゃない!これが普通だから!」
小平太はしぶしぶ保健室を出て行く。
そして保健室を出る直前、顔だけ振り向くといい笑顔で言った。
「詩紀、また来るな!」
「こ、来ないほうが助かります!」
小平太は、詩紀の返事を聞いてからようやく保健室を出て行った。
やっと保健室が静かになる、と伊作はため息をついた。
小平太が、詩紀に異常なほど好意を抱いているのを伊作は知っていた。
そうなる原因を作ったのは、自分のようなものだから。
あれは、詩紀がまだ一年生の頃の話だ。