短編
□ここは世界一優しいところ
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くのたま五年生の詩紀は、よく晴れた休日にひなたぼっこをしようと、日の当たる野原を目指していた。
詩紀は、自分がしようと思ったことは、たとえどんな面倒なことがあってもやり遂げる性格だ。
普通、日の当たる場所ならどこでもいいと思うのだろうが、彼女は日の当たる野原でひなたぼっこをしたいと思ったらしい。
だから、わざわざ裏山に来て、日の当たる野原を探すのは、詩紀にとっては面倒事ではない。
「のはら、のはら、のはらっらー」
誰もいないのをいいことに、へんてこな歌を歌いながら野原を目指す詩紀。
道の途中、可愛い花や、鳥などを見ながら、歌を歌った。
「おはな、おはな、おーはーなー」
そんな愉快な様子の詩紀を陰から見る人物がいた。
「あれは…くのたま?なにしてるんだろう」
他人から見て、詩紀のしていることは理解できない。
そもそも、詩紀はかなりの変人で、同級生からも少し距離を置かれていた。
まわりからは、あまり気にしていないと思われているが、実は結構気にしていた。
だからこそ、友人がいない詩紀は、休日になると逃げるように学園から遠ざかる。
朝から夕方までは、学園に戻らない。
「のはら、のはら…あっ!」
歌いながら歩くうちに、日の当たる野原を見つけたようで、詩紀はそこに向かって駆け出した。
詩紀を物陰から見た人物は、なんとなく彼女をつけていたようだ。
突然、駆け出した詩紀に、少し驚いた。
そんなことも知らない詩紀は、草が生えた野原の真ん中に、汚れるのも気にせずに寝転んだ。
「あー、いい気持ち」
棒読みで言い切った詩紀に、陰から見る人物は首を傾げた。
「ほんとかなぁ?」
そして、こそこそ見るのも疲れてきた人物は、とうとう詩紀の前に姿を現した。
「ねぇねぇ、なにしてるの?」
「わ、びっくり」
「ほんとにー?」
詩紀のものすごい棒読み具合に、彼は思わず笑った。
「あなた誰?」
突然、話題を変えた詩紀に再び笑いながら、彼は答えた。
「私、六年ろ組の七松小平太!裏山で鍛錬してたら、君が見えて、気になったから追いかけてきた!」
「えーと、私はくのいち教室五年の三山詩紀です。ひなたぼっこがしたくて、ここに来ました」
「ひなたぼっこかぁ…ねぇ、私も一緒にいい?」
「ひなたぼっこするのに、誰の許可もいりませんよ」
「わーい!」
小平太は、嬉しそうに詩紀の隣に寝転んだ。
一方、詩紀は不思議そうに小平太を見つめた。
詩紀の視線に気づいた小平太は、彼女を見つめ返した。
「なに?」
「いや、なんで私なんかと関わるのかなぁと…」
「んー、強いて言うなら、詩紀が寂しそうにしてたから?」
「さ、寂しそう?」
「うん、私には、詩紀が寂しそうに見えた。違う?」
「それは…」
どうして、初めて会ったはずなのに、彼はわかったのだろう。
本当は、友達と町に行ったり、話したり、遊んだりしたい。
本当は、ひとりでいるのは、寂しい。
私は、そんなにわかりやすい表情をしていただろうか。
「詩紀、またここに来るか?」
「え?あ、はい、天気がよければ…」
「そっか!じゃあ、私もまた来るな!だから、今日はもう寝よう!」
「え?え?」
困惑気味の詩紀の頭の下に腕を通した。
そして、にかっと笑いかけた。
「特別に、腕枕してやる。だから、ほら、寝よう」
「あ、え、え…」
「もー、私、鍛錬してたから、眠いんだ。だから、詩紀も寝ようよー」
「あ、は、はい」
小平太に言いくるめられた詩紀は、ようやく大人しく目をつむった。
そして、小平太が優しく背中を叩いてやると、小さい寝息を立てて眠ってしまった。
その子供らしい部分に、小平太の庇護欲が湧いてきた。
それとは別に、何故か心臓はどきどきと高鳴っていて、うるさい。
「…なんだか、守ってあげたくなるなぁ」
眠る詩紀は、答えない。
けれど、無意識なのか、詩紀は小平太の装束を小さく掴んだ。
縋るように、でも少し遠慮がちに。
「かわいーなぁ…」
小平太は、うっとりと詩紀の幼く見える寝顔を見つめていた。
そして、しばらくして満足したのか、小平太も目をつむって眠りについた。
装束を掴む詩紀の手を握り込みながら…。
終わり