短編
□ただいまが聞きたいの
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今日は、彼は帰って来てくれるのかな。
日の当たる暖かい畳に座り込んで、詩紀はふと思った。
詩紀の夫である小平太は駕籠屋であり、遠くまで行くので、帰って来ない日はよくある。
電車もバスもないこの時代、一般庶民の移動手段はどうしても足になる。
だから、駕籠に客を乗せて遠くまで行くと、家に帰ってくるのは難しい。
理解しているつもりだが、それでもやはり、寂しいのだ。
彼の前では、そんなこと絶対に言わないけれど。
小平太が帰って来ないのは、今日でもう7日になる。
近所に住む新婚夫婦は、夫は職人らしく、家でなにか作っては売っているので、毎日一緒らしい。
詩紀は、それが少し羨ましかった。
家にひとりだと、やることが少ない。
まさに今、やることがなくなってしまい、詩紀はそんな風に寂しいと思い始めていたのだ。
先ほど綺麗に繕った小平太の着物が、ふと視界に入った。
詩紀は、それを手に取ると、ぎゅうと抱き締めた。
大好きな、小平太の匂いがして、詩紀は泣きそうになった。
はやく、あいたい。
そう思ったら、耐えきれなくなりそうで、詩紀はその場に寝転び無理やり目をつむった。
そして、いつのまにか、眠りについていた。
目が覚めると、夕方になっていて、詩紀はゆっくり起き上がった。
まだ寝ぼけたまま、夕ご飯の支度に取りかかった。
帰って来れるかわからない、夫の分も作って。
そして、ひとりの夕ご飯を済まし、お風呂に入ればあとは眠るだけだった。
寝室に布団を敷いて、詩紀はそこに潜り込む。
夜、眠る前になると、詩紀はどうしても泣いてしまう。
それを隠すように、布団を頭までかぶる。
そうすると、いつのまにか寝てしまっているのだ。
今夜も、そのようにして、詩紀は眠った。