短編

□夏恋花火
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詩紀は、不治の病を患っている。

病名は、忘れた。

でも、あと数日もしないうちに、詩紀は死んでしまうらしい。

人生最後の夏なのだ。

詩紀には、家族がいない。

だから、幼馴染みの小平太と、近くの町で開催されるお祭りに行きたいと思っている。

ちょうど、小平太がどこかの学校から家に帰ってくるのが、お祭りの前日らしい。

つまり、明日。

明日、帰ってきたら、詩紀は小平太をお祭りに誘うつもりだ。


早く、帰ってこないかな…


しかし翌日、待てども待てども、小平太は帰って来なかった。

詩紀は、病のことを小平太に知らせていないから、学校の方にまだいるのかもしれない。

こんなことなら、知らせておけばよかった。

後悔しても、もう遅い。

詩紀は、小平太をひたすら待った。


そして、そのまた翌日。

夕方になっても帰ってこない小平太が心配になった。

しかし、詩紀はお祭りのために着慣れない青色の浴衣に着替え、準備は万端だった。

いくら待っても帰ってこない小平太に書き置きを残して、詩紀は重い身体で町に向かった。

たとえ、小平太がいなくても、最後の夏祭りを楽しみたい。

辛そうに息を吐きながら、ようやく詩紀は町にたどり着いた。

町は、たくさんの人で混み合っており、お祭り独特の匂いのようなものがする。

詩紀は、心を躍らせた。

そして、その人ごみの中に入ろうとした時、後ろからぐいと腕を引っ張られた。


「詩紀!」

「あ……」


腕を引っ張ったのは、会いたくて仕方なかった小平太だった。

小平太は、驚いた様子で、詩紀を見ていた。


「家に帰ったら、書き置きがあって…もうちょっと待ってくれればよかったのに」

「…ふふ、だって、小平太ったら、いつまでたっても来ないんだもの」

「それは…いろいろ寄り道してたら、遅くなったけど…」


実は、小平太は帰る途中、可愛い簪を売っている店を見つけて、それを詩紀にあげたくて買ってきた。

珍しくどれにするか悩んだせいで、少し遅れてしまったのだ。


「もう…でも、来てくれて嬉しい」

「まあな!私も、詩紀とお祭りまわりたいからな!」


行こう!と、手を差し出されて、それを握った瞬間、空からドン!と大きな音が鳴った。

それは、キラキラ光る花火だった。

詩紀は、それに見とれた。

同時に、詩紀の心臓は嫌な音を立てた。

それは、詩紀にとっての、命の叫びのようだった。

それを悟られないように、詩紀は小平太の左手を引っ張る。


「小平太……ふたりだけで、花火…みたいな」

「あ、あぁ…じゃあ、あっちに行こう!」


小平太は、詩紀の言葉にどきどきしながら、人気のない草むらまで連れて行った。

懐に隠す、簪を気にしながら。
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