短編
□つまりそれは、好きってことだろ
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ころころと、優しい虫の音が聞こえ出してくる秋。
詩紀は、縁側に座って、その優しい声を聞きながら、9年前のことを思い出していた。
幼い頃に親を亡くした詩紀は、6歳になるまでひとりで生きてきた。
着るもの食べるもの、すべて拾ったものでどうにかしてきた。
そんな詩紀は、ある日、運命的な出会いをしたのだ。
6歳になって、幾日か過ぎて、詩紀は生活が困難になってきていた。
食べられそうなものがあまり落ちていないのだ。
山の中には、きっと食べられるものが多くあるのだろうが、それだけ危険も多い。
細い上に、体力もそれほどない女の子の詩紀では、山に入って生きていられる確率は、低いだろう。
詩紀は、自分が女であることを呪った。
自分が、男だったら、まだましだったかもしれない。
そう思ったのは、一度ではない。
そして、まともに食べることが出来ずに、10回日が昇るのを見た。
なんとか、食べれそうな草や虫で、乗り切ってきたが、それだけで栄養がとれるわけがない。
詩紀は、いままでよりもやつれて、ついにある夕方、食料を探しにどこかの山に入った。
しかし、案の定、山の中は薄暗い上に足場が悪く、詩紀の体力を削った。
そして、なにか食べ物を見つける前に、詩紀は地面に這っていたつたに足を取られ、転んだ。
疲れ切っていた詩紀には、もう立ち上がる体力はないが、意識はまだかろうじてあったので、木々で覆われている空を見た。
もう、すでに日は沈み、夜になっていたようだ。
朦朧とする意識の中、どこからか、ころころと優しい声が聞こえてきた。
その声は、詩紀の意識を引き留めていた。
「……むし…」
ころころという声が、虫の声だと気がついたのは、近くでも、その声が聞こえたからだ。
身をよじり、その声の方を見ると、小さくて黒色の虫が、羽を震わせてころころ鳴いていた。
「………きれい、なこえ、なの…」
「わたし、おまえに…うまれれば、よかった…の…」
優しい声に、だんだんまぶたが重くなってきて、詩紀はそれに逆らわずに、目を閉じようとした。
だが、突然優しい声が、うるさい声にかき消された。
「なぁ!大丈夫か!?」
うっすら目を開けると、まん丸の目をした少年が、心配そうに詩紀の顔をのぞき込んでいた。
詩紀は、返事をするのも億劫で、そのまま目を閉じた。
すると、少年の慌てた声が聞こえて、直後に詩紀の身体がふわりと浮いた。
思わず目を開くと、目の前にぼさぼさの髪の房があった。
詩紀は、その髪の房に顔をうずめて、再び目を閉じる。
なんとなく、優しい匂いがした。