短編
□矢印は向き合ってますよ
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飼育小屋の近くまで来ると、そこには竹谷と狼がいた。
私は、竹谷に苦手意識を抱いているため、思わず隠れた。
そして、なんとなく、竹谷を観察してみることにした。
「今、毛をとかしてやるからなー。じっとしてろよ」
竹谷は、自分の前に狼を連れてくると、櫛を取り出して、優しく狼の毛をとかしはじめた。
狼は、気持ちよさそうな顔をして、じっとしていた。
なんとなく、その光景を見ていたら、心が和んできた。
「よしっ、終わり!じゃ、小屋に戻るぞー」
しばらく見つめていたら、終わっていたようで、狼の毛はつやつやになっていた。
そして、その狼を小屋に戻しに行ったみたいだった。
その時、竹谷はとても優しい顔をしていた。
何故か、その顔を見たら、心臓がどきっと跳ねた。
狼の毛をとかしている時も、優しい顔をしていて、思い出したら顔が熱くなった。
あんな顔も、できるんだ…
いつも、同級生とふざけあっている顔しか知らなかったから、突然、あんな顔を見ると、なんだか変な気持ちになる。
悶々と考え込んでいると、突然、声をかけられた。
「三山?」
「ふぁいっ!?…あっ…」
「ぷっ…なんだよ、ふぁいって!」
ど、
どうして竹谷が…!?
というか、いつの間に…!
竹谷は、私の返事が面白かったのか、肩を震わせて笑っていた。
私は、ちょっとムカッとして、ジュンコに話しかけた。
「竹谷って、どうしてこんなにデリカシーがないんだろうね、ジュンコ」
しゃー
「あっ、ジュンコ!三山、見つけてくれたのか!」
「た、たまたま、廊下歩いてたら、見かけて」
「そっか!ありがとうな!」
そう言って、私が言った嫌みなんて気にしていないように、笑顔になった。
私は、その笑顔を見ると、心臓がまた跳ねた。
それを誤魔化すように、竹谷にジュンコを渡した。
「と、とにかく、ちゃんと伊賀崎のところにジュンコを連れて行ってあげてよね」
「あぁ!わかってる!」
ジュンコを渡した時、一瞬手が触れ合って、私はすぐに手を引っ込めた。
触れた指先が、熱い。
私は、逃げるように、いや、実際逃げ出した。
その時からだ。
ボサボサの髪が嫌でなくなったのは。
藍色の装束を見かけると、無意識に竹谷を探してしまうのは。
四六時中、竹谷のことが頭から離れないのは。