短編
□矢印は向き合ってますよ
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俺には、気になるやつがいる。
気になる、というか、好きというか。
とにかく、そいつを見かけると、心臓がどきどきして、そのくせ、そいつに話しかけたくなる。
そいつは、俺たち忍たまにとって、学園内で恐れている存在(かもしれない)であるくのたまのひとりだ。
だけど、俺は、そいつがくのたまらしくないことを知っている、いい意味で。
これは、俺が二年生の時の話だ。
忍術学園に入学して、一年とちょっと経った俺は、委員会に後輩が来なかったことに、少しだけショックを受けていた。
でも、同じろ組の三郎や雷蔵、い組の兵助や勘右衛門のところにも、後輩が来なかったらしい。
こういうもんなのかな、と自分を納得させて、でも少し落ち込みながら、校庭を歩いていると、突然、地面がなくなって、そのまま俺は下に落ちた。
「いってぇ……これって、落とし穴…?」
上にぽっかりと丸い空が見えるから、きっとそうなのだろう。
俺は、さらに落ち込んだ。
膝に顔を押し付けて、涙をこらえた。
その時、上から声がした。
「だ、大丈夫!?怪我、しちゃったの?」
ちょっと高くて、優しい声だった。
俺は、はっと上を見ると、そこには心配そうな顔をしているくのたまがいた。
くのたまといえば、一年生の頃、こてんぱんにされた記憶しかないので、俺は警戒して、なにも答えなかった。
なにも言わない俺に、くのたまはさらに心配そうな顔になって、わたわたと慌てていた。
「こ、声も出ないくらい、酷い怪我をしてるんだね…ま、待ってて!」
くのたまは、ひとりで納得して、そこから去っていった。
そして、しばらくすると、くのたまが、戻ってきた。
生物委員会の委員長を連れて。
「ここです!忍たまの子が…落ちてて…」
「どれー?おっ、八左ヱ門、おめぇかぁ」
「い、委員長?」
「怪我してんだってな、今、助けてやるよー」
そう言って、委員長は穴の中に落ちてきて、俺を抱えて外に出た。
そのまま、保健室に向かった。
保健室に着くと、俺が気づかなかっただけで、足を挫いていたみたいで、少し腫れていた。
治療を受けてから、俺ははっと気づいた。
「委員長、さっきのくのたまは…」
「あー、あの子なぁ、俺を連れてきたら、すぐどっか行っちまったよ。くのたまの私がいたら、忍たまは嫌だろうってな」
「えっ……」
「おめぇ、見つけてお礼言っとけよー。あの子は、きっといい子だからなぁ」
「…はい」
その後、俺はその子を探し出して、お礼を言うために近づこうとすると、何故か逃げられた。
俺は、なんとなく、それが嫌じゃなかった。
なんでって?
だって、お礼を言ったら、あいつを探す理由がなくなるだろ?
幼かった俺は、好きなんて、そんな感情、生き物とか家族とか友人にしか感じたことなかったから、あいつを探す理由をこじつけたかった。
その日から、俺はあいつを無意識に探して、近づきたくなった。