短編

□赤花姫(前)
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娘は、いつも通り川に行って頼まれた洗濯をしていた。

到底ひとりでする量ではないが、娘は黙々と洗濯をする。

これが、普通だと思っているから。

すると、後ろから砂利を踏む音がして娘は振り返った。


「こんなところで、なにしてるんだ?」

「……だ、れ?」


見たことのない人が後ろに立っていて、不思議そうに娘を見ていた。

娘が首を傾げると、その人は明るい笑みを浮かべて答えてくれた。


「私、小平太!あの山に住む鬼!」

「…おに…?」

「おう!」


娘は、物心ついた時から鬼子と呼ばれていたため、目の前の彼に親近感が湧いた。

そっと小平太に近づいてみると、彼も娘に近づいた。

小平太が近寄ってきたことに少し驚いた娘は足を止めたが、彼はさらに近づいてくる。

手を伸ばしてきた小平太を拒めなくて、娘は優しく抱き締められた。


「…優しい匂いがするな」

「………」

「お前、名前は?」

「…私に、名前は、ない、よ…」


寂しそうに言う娘を見て、小平太はそんな顔をしてほしくないと思った。

そして、無意識に娘の唇に自分の唇を重ねようとした時、どこからか怒鳴り声が聞こえて娘ははっと小平太から離れて、終わっていない洗濯を再びし始めた。

すると、その怒鳴り声はだんだん近づいてきて、ついに姿を現した。

それは村の女で、洗濯が終わっていない様子を見て小平太には目もくれず娘を殴った。


「あんた!なにもたもたしてるんだい!早く終わらせな!」

「ごめ、なさ……」


されるがままに殴られる娘を見て、小平太はぷつりと何かが切れた。


「…おい」

「あ?なによ、あんた…見ない顔ね」


女は、いぶかしげに小平太を見たが、小平太の額から生えた角を見て、ひっとのどをひきつらせた。

そして、小平太は女の首をがしっと掴み、ぎりぎりと締め付けた。


「ぁ…が……っ…」


女は苦しそうに小平太の腕を掴むが、力など入らずにだんだんぐったりしてきた。

その時、小平太は着物の腰辺りをくいっと引っ張られた。

そこを見ると、頬を痛々しく腫らした娘が首を横に振って、小平太を止めようとしていた。


「だ、め……」


娘がなぜこんな女を庇うのか、小平太にはわからなかった。
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