短編

□海の朝ご飯
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ご飯を食べ終えて、重は何度もお礼を言って帰っていった。

「おとー、もう年なんだから気をつけてよ」

「なに言ってんだ!まだまだ現役だ!」

そして、その日からしばらく経ったある日のことだ。

いつも、詩歩にはなにも声をかけずに海に行く父が、突然朝早くに詩歩を起こした。

「おとー、海くらい一人でいけるでしょー…」

「ちげぇよ、ま、来てみればわかる」

眠くて仕方ないが、とりあえず髪を結って、顔を洗ったら、父と一緒に海に向かった。

理由を聞いても、父は行けばわかるとしか言わない。

ようやく海に着くと、詩歩は大きく伸びをした。

「んん…海なんて、久々だなぁ…」

「だなぁ、お前、なんだかんだ海に来てねぇよなぁ」

「…うん」

海は好きだ。

でも、苦手だ。

そんな複雑な気持ちで海を眺めていると、なんとなく聞き覚えのある声が後ろからした。

「あっ、来てくれたんですね!」

「え?…あ」

こちらに嬉しそうに駆け寄ってくるのは、いつだったか父を助けてくれて、お礼にご飯を振る舞った重だった。

「ど、どうも…数日ぶりですね」

「はいっ、久しぶりです!」

重は、なぜだか嬉しそうに詩歩を見つめて、手を握ってきた。

いつの間にこんな懐かれたんだろう…

そう考えているうちにも、重は詩歩の手を引いて、どこかへ向かおうとしていた。

「ちょ…なんですか?」

「え?あれ、てっきりお父さんから聞いていると思っていたのですが…」

「なんのことですか??」

いまいちよくわからなくて、首を傾げると、重はきらきらした目で詩歩を見つめた。

「今日から、兵庫水軍の朝ご飯を作って欲しくて!それで、ずっとお父さんに頼んでいたんです」

「え?お、おとー、どういうこと?それに、兵庫水軍って…」

それに重と父は、いい笑顔で答えてくれた。

「あえて言ってませんでしたが、俺、兵庫水軍なんです」

「…まぁ、そういうこと!」

「え、き、聞いてないよ。それに、だって、おとーのご飯は?」

「俺も一緒に食べていいって」

「……えぇええ…」

作る本人になんの断りもなく…

別に断る理由もないが、なんとなくそう思った。

そう思っているうちに、あれよあれよという間に詩歩は重に手を引かれて、兵庫水軍が生活しているという水軍館に連れて行かれた。

そして、水軍館のご飯を作るところ(勝手場)に着くと、そこにはすでに人がいて、ご飯を作っていた。

「ご飯作る人、いるじゃないですか」

「うん、そうなんですけど、俺、詩歩さんの料理がまた食べたくて…」

「あの人に悪いと思うのですが…」

「こそこそ話してないで、こっちに来たらどうだ?」

「鬼蜘蛛丸の兄貴!きづいてたんですか?」

「そりゃ、お前はわかりやすいからなぁ」

鬼蜘蛛丸と呼ばれた彼は、詩歩を見て目を大きくした。

そして、ちょっと嬉しそうに笑って、手招きした。

素直に近づくと、頭を撫でられた。

「あなたが、重の言ってたお手伝いさんですか」

先ほどの口調とは打って変わって、あまりに丁寧なので、詩歩は変な気持ちになった。

元来、敬語を使われ慣れていない詩歩は、敬語で話されるのが少し苦手だ。

特に、年上だと確信出来る相手が敬語を使ってくるとなれば、なおさらむず痒い。

「あ、あの、敬語、いらないです。そうされるの、苦手なので…」

「…そうか、なら、そうさせてもらおう」

優しく笑った彼は、鬼蜘蛛丸だと名乗ってくれたので、詩歩も名乗った。

「じゃあ、今日からよろしく頼むよ」

「はい」

まさか、いまさら嫌だとは言えないけど、父以外の男性と同じ空間にいるだけで、なんだか気恥ずかしいというか。

男に免疫のない詩歩は、重が勝手場を去ったあと、鬼蜘蛛丸とどう接していいか、わからなくなった。
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