短編

□一番がいい
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天然で爽やかで、優しいあの先輩は、笑顔が素敵だ。

いつも朗らかに笑っていて、一緒にいると心が落ち着く。

そんな彼に恋心を抱いていると気づいたのは、いつ頃だっただろう。

彼は、五年い組の尾浜勘右衛門。

詩紀が、食堂を借りて趣味のお菓子を作っているところに突然現れたのが、彼との出会いだった。

お腹が空いていたのか、それともお菓子が好きなのか、くのたまが作ったものであるにも関わらず、

「それ、食べたいなぁ」

と言ってきたので、勘右衛門にあげたのだ。

その時の、勘右衛門の幸せそうな顔は今でも忘れない。

そうして、それから勘右衛門は詩紀がお菓子を作っていると、必ずそこに現れてお菓子を食べていくようになった。

今日はくのいち教室が休みの日だったので、詩紀はおばちゃんに許可をもらい、食堂で再びお菓子を作っていた。

今日も、来てくれるかな

そんな期待に胸を膨らませて、詩紀は大福を作る。

実家が甘味処の詩紀は、いろいろなお菓子が作れるのだ。

大体、いつもなら作り終える少し前に勘右衛門はやってくるのだが…

何故か、今日は作り終えても彼は姿を現さなかった。

「…どうして、来ないのかな」

小さく呟いても、勘右衛門はやって来ない。

もしかしたら、もう私の作るお菓子に飽きてしまったとか…?

「…寂しいな」

詩紀は、作った大福を食べる。

勘右衛門のいないおやつは、何故か味気なく美味しく感じなかった。

いつの間にか、勘右衛門のために作っていたお菓子。

それは寂しそうにテーブルの上に置いてあって、でもそれを食べる気にはなれなかった。

仕方がないのでそれを持って食堂をあとにしようとすると、どたばたと廊下がうるさくなって食堂に誰かが入ってきた。

装束の色が勘右衛門と同じだったから、てっきりそうだと思ってぱっと顔をあげると、そこにいたのは勘右衛門ではなかった。

でも、勘右衛門と一緒にいるところをよく見る人だった。

「あー、お昼のがしちゃったのだ…」

その人はがっくり肩をおとし、その場に手をつく。

「今日のお昼は冷奴がついていたのに…どうして今日に限って授業がこんなに長引くのだ…」

あまりにもがっくりしているので、なんだか可哀想になってしまった詩紀は、その人に大福を差し出す。

「あの…よかったら食べますか?」

「え…?」

「くのたまなんかが作ったのは、嫌かもしれないですけど…でも毒なんて入れてませんよ!私も食べましたし」

「…いいのか…?」

「あっ、でも…豆乳のクリームが入ってるから…好き嫌いがわかれるかも…」

しれないです、という言葉は目の前の彼によって遮られた。

「とっ、豆乳!?豆乳のクリーム!?なにそれ食べたいのだ!」

「えっ、あ、どうぞ」

「ありがとう!」

そう言って彼は詩紀の差し出した大福を受け取り、食堂の椅子に座ってから一口、食べた。

ごくりと彼の反応を伺う詩紀は、心臓がどきどきしていた。

友達や勘右衛門以外にお菓子を出したことがないから、緊張するのだ。

「ど、どうですか」

「お…」

「お?」

「おいしい!!豆乳の風味がして、ほんのり甘くて、やわらかくて…文句のつけどころがないのだ!」

「よ、よかったです」

「また作ったら俺にくれないか?すごくおいしいから」

「は、はい」

まさかこんなに気に入ってくれるとは思わなかった詩紀は、戸惑いつつも頷いた。

その時、もう一人食堂に慌ただしく入ってきた。

「おばちゃーん!ご飯…って、やっぱりないか…」

それは、詩紀が待っていた勘右衛門だった。

勘右衛門はおばちゃんがすでに食堂にいないのを見て、先ほどの彼と同じように項垂れた。

それを見た詩紀はすかさず作った大福を勘右衛門に差し出す。

「お、尾浜先輩、こんなのじゃお腹いっぱいにはならないかもしれませんが…」

「あっ、詩紀ちゃん、いいの?」

「はい」

「ありがとう!」

勘右衛門は嬉しそうに大福を受け取り、すぐにぱくぱく食べ始めた。

そして、食べた時にうっとりとおいしそうに目を細めたので、詩紀はくっと手を握った。

「うぅん!やっぱりおいしい!これならお昼逃しちゃってもラッキーだったなぁ」

「勘右衛門、知り合いなのか?」

「ん?兵助ももらったの?」

「ああ……豆乳大福、おいしかったのだ」

「…ふーん」

急に勘右衛門の目が少し細くなり、ちらりと詩紀を見る。

その視線には詩紀は気づいていないようで、小さくガッツポーズをしていた。

大福を食べ終えた勘右衛門は、詩紀の手をぐっと掴み自分の方に引き寄せた。

突然距離が近くなったことに、詩紀は恥ずかしそうに離れようとしたが、勘右衛門は力を緩めなかった。

すると、近くにいた兵助と呼ばれた彼はため息を吐いた。

「…勘右衛門、ほどほどにな」

「……うん、わかってる」

そう言って兵助は食堂を出て行った。

二人きりになってしまい、詩紀は緊張で体がかちかちになっていた。

それを知ってか知らずか、勘右衛門は詩紀の顔にぐっと顔を寄せた。

息がかかりそうなくらい近い距離に、詩紀はもうなにも考えられない。

「お、おおお、おはま、せんぱ、い…」

「ねえ、一番は俺じゃなきゃ、やだよ?」

「へっ?」

「俺が…詩紀ちゃんの一番を食べたいの」

「い、いちばん…」

そう言ってくれたことが嬉しくて、詩紀は花が咲いたような笑顔になった。

「はい!私の一番は、尾浜先輩に食べて頂きたいです!」

「…うん、嬉しい。でも、二番がいたら駄目だからね?」

「はい!」

「じゃ、こっちにおいで」

言われるままに勘右衛門に手を引かれ、そのまま美味しく頂かれたのだった。



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