長編

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裏々山に着く頃には、霧花の息はだいぶあがっていて、金吾に着いていくのもやっとだった。

もう、小平太の姿も、滝夜叉丸の姿も、三之助の姿は見えない。

四郎兵衛と金吾にはなんとか着いていっているという感じで、霧花はよろよろと走る。

その走り方が心配になった金吾と四郎兵衛は、少し休もうと霧花に提案した。


「でも…道が…」

「大丈夫ですよ!この道は、よくマラソンで通るんです!」

「そうなんだなぁ。だから霧花先輩、少し休みましょう」

「そ…そう、だね…じゃあ、ちょびっとだけ…」


3人は立ち止まって、近くに倒れていた木の幹に、金吾と四郎兵衛で霧花をはさむように並んで座った。

そして、金吾と四郎兵衛は、霧花にいろいろな質問をした。


「霧花先輩は、剣術できますか!?」

「剣術?えっと、できないけど、できたらかっこいいよね」

「じゃあ、霧花先輩の好きな食べ物はなんですか〜」

「えーと、きつねうどんかな」


他にも、いろいろ聞いて聞かれて、いつの間にか話に夢中になっていて、近くに危険が迫っていることに気づかなかった。

ガサッと近くの草むらが揺れて、はっと霧花はそちらを警戒した。

僅かだが、殺気を感じる。

音に気づかなかった金吾と四郎兵衛は、不思議そうに霧花を見上げた。


「霧花先輩?」

「どうしたんですか?」

「時友くん、皆本くん…少し、下がっていて」

「えっ」



そう言うと、3人のあいだに緊張が走る。
その時、草むらから笠をかぶった男がゆっくりと出てきた。

それを見て、緊張していた金吾と四郎兵衛はほっと息をつく。

だが、霧花は緊張を解かずに、男を睨んだ。


「霧花先輩?大丈夫ですよ、ただの男の人です」

「いえ、違います」

「え」

「皆本くん、時友くん…あの男、多分忍者です」

「えっ」

「私が合図したら、走って忍術学園に行って下さい。いいですか?」

「な、なに言ってるんですか…!霧花先輩は、どうするんです…!」

「私は…大丈夫、だって、私はくのたまの上級生だから」


納得がいっていないという顔の2人を見て、霧花は少しだけ心がほっこりした。

くのたまの私でも、心配してくれてるのかな…

そうしているうちに、怪しい男はこちらに寄ってくる。

霧花は、そっと懐に手を伸ばし、角手(かくて)と呼ばれる武器を指にはめた。

ついでに苦無を握りしめる。

男が、足を踏みだそうとした時、霧花は軽く金吾と四郎兵衛を押した。

それにより、金吾たちは走り出す。

男は、それを追うために走ろうとするが、霧花がそれを遮った。


「行かせません、絶対に」

「…ならば、お前でもいいだろう」

「えっ――…ぁぐっ…」


一瞬で、間合いを詰めてきた男に、反応しきれず、霧花は首を掴まれた。

そして、そのまま持ち上げられる。


「学園の見取り図をよこせ」

「ぅ…や、だ…」

「よこさなければ、お前を殺す…いや、ただ殺すのではつまらないな……お前を何時間もかけて辱め、嬲って、弄んで殺す」

「…ぅ…ぐ…」


霧花は、力を振り絞って、角手をはめた手で首を絞める男の手首を思い切り掴んだ。

男は、突然の痛みに霧花の首から手を離す。

そして、地面に落とされて咳き込む霧花の手を見て、角手のせいだとわかると、顔半分を覆う布の下でニヤリと口角をあげた。


「ほぅ、まさかそんな反撃が来るとは、驚いたな…」

「げほっ…げほ…!」

「気に入った。お前は、殺さないでやろう。だが…」


男は、霧花のそばにしゃがみこんで、耳元で囁いた。


「一生、私から離れられない体にしてやる」

「っ!」


霧花は、恐怖で体が動かないどころか、声さえ出ない。

恐怖で固まった霧花を男は、軽々と持ち上げた。

そのまま男が、走り出そうとした時、男の目の前を何かが高速で横切った。

その横切ったものは、綺麗に弧を描き、それを飛ばした本人の元に戻った。

焦げ茶色の綺麗な髪をなびかせて、佇むその姿は、霧花の片割れだった。


「そいつを離してもらおうか」


いつもは、優しい顔の片割れは、今はただ、怒りに染められていた。

戦輪を回すその姿も、いつもの自慢するそれではない。


「ふん…お前、こいつの恋人か?悪いが、離すわけにはいかない」


そう言った瞬間、男の右頬を戦輪が掠めた。

男の右頬に、赤い筋ができ、血が流れた。

それと同時に、男の顔に苦無が飛んできて、とっさに飛び退いた。


「その子は、私の(委員会の一員)だ。返してもらうぞ」

「…見かけによらず、多くの男に手を出しているのか。ふん、ことさら気に入った」


男は、分が悪いと思ったのか、霧花を地面に下ろした。

そして、詩歩のわき腹に持っていた苦無を刺した。
激しい痛みで、目を強くつむった霧花の耳元で、男は何かを囁いた。
詩歩は、かたかた震えだした。

それを見た滝夜叉丸と小平太は、すぐさま男に殴りかかった。
だが、男はひょいとそれをかわすと、闇に消えていった。

霧花は声にならないほどの痛みと恐怖に悶え苦しみ、駆け寄ってきた滝夜叉丸の手を強く握った。

滝夜叉丸は、すぐに苦無を抜き、霧花のわき腹の傷を見た。

そこは、青黒く変色しており、血がどくどくと流れ出ていた。


「まさか、さっきの苦無に毒が…!?」

「滝夜叉丸、霧花を保健室に連れていけ。私は、三之助を連れてくる」

「…いえ、先輩が霧花をお願いします。私より、先輩の方が速いので…どうか、お願いします!」

「…冷静な判断だ。わかった!滝夜叉丸、三之助を頼む!」


小平太は、霧花を優しく抱えると、猛スピードで忍術学園へ走った。

霧花は、時折苦しそうに唸り、小平太の装束をきゅっと掴んでいた。


「こ、へ…た…せん…ぱ…」

「霧花!もう大丈夫だ、早く新野先生にみてもらおうな」


優しく霧花の手に自分の手のひらを重ねて、安心させるように笑ってみせた。

そして、学園に着いても小平太は、速度を落とすことなく保健室に転がり込んだ。


「新野先生!霧花が!」


保健室にちょうどいた新野は、霧花の様子を見てすぐさま治療の用意をし始めた。


「七松くん、その子をここに!」


敷いてある布団に、霧花を優しく寝かせた。

治療は、朝方まで続いた。
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