長編
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霧花は、夜に包帯を換えなければならない。
だから、夕飯を食べたあと、いつもやってくれる新野を部屋で待っていた。
先に寝てしまっては失礼なので、身体を起こした状態で、障子の方をじっと見つめて、眠気と闘っていた。
うとうとしながら待っていると、ようやく障子の向こうから声がした。
「…入っても、いいかな?」
いつもと違う声だな、と思いながらも、霧花は返事をした。
「はい…大丈夫です…」
「ありがとう」
障子が、すっと開かれて、部屋に入ってきたのは、見たことのない男の人だった。
茶色の髪を上の方で縛っていて、目は少しつっているが、鋭い雰囲気はなく、むしろ優しそうな人だった。
「今日は、新野先生が出張に行かれたので、代わりに僕が君の包帯を換えるけど、大丈夫かな?」
「はい」
「よかった。あ、僕は、六年は組の善法寺伊作。これでも保健委員会委員長なんだ。君は?」
「くのいち教室四年の平霧花です。今夜は…よろしくお願いします」
「うん」
伊作は霧花に安心させるように優しい笑みを浮かべて、霧花の前に座った。
そして、持ってきた救急箱をそばに置くと、伊作は包帯の準備を始める。
霧花はその間に、いつもしているように着ている物を脱いで、包帯を巻く場所を晒(さら)した。
包帯と薬の準備を終えた伊作は、霧花のわき腹の包帯を解いた。
彼女のわき腹は、痛々しい傷痕があり、伊作は女の子なのに、と心を痛めた。
無言で薬を塗って、包帯を巻いた。
それが終わると、伊作はキツくないかを聞くために、霧花の顔を見た。
だが、霧花は今にも寝てしまいそうなくらいうとうとしていた。
何度もまばたきをして、なんとか寝ないようにしているが、時折まぶたが閉じてしまい、そのまま首がかくんっとなる。
そうすると、霧花ははっと起きるのだが、再びうとうとし始める。
その少し幼い様子が、伊作の心をくすぐった。
「霧花ちゃん、終わったよ。キツくない?」
「ふぁっ、はいっ…だいじょぶ、です…」
「ふふ…ならよかった。ほら、もう寝ていいよ」
「は、はい…」
霧花は、眠たそうにしながらも、しっかり衣服を着て、布団に横になった。
そして、目をうっすら開けて、伊作を見つめた。
「きょうは、ありがとうございまし、た…おやす、みな、さ…」
言い終わらないうちに、霧花は寝息を立てて眠ってしまった。
思わず可愛いと、呟いた。
人知れず、伊作の中に熱い感情が溢れてきていた。
ふっと笑って、伊作は霧花の頭をひと撫ですると、そのまま部屋を出て行った。
翌日、出張から帰ってきた新野に、伊作はお願いしてみた。
「新野先生、これから霧花ちゃんの包帯替え、僕が担当してもいいでしょうか?」
「それは構いませんが…またどうして?」
「えっと…それは、その…」
まさか、また会いたいから、だなんて不純な動機は言えるはずもない。
もごもごしてると、新野はなにか察したのか、ふっと微笑んだ。
「…わかりました、理由は聞かないでおきますね」
「あ、あはは…すみません…でも、担当するからには、しっかり最後までやりますから!」
「はい、頼みますよ」
また、霧花に会えるのだと思うと、伊作は夜が楽しみになった。