短編

□寒がりの君に
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六年は組の三山詩紀は、極度の寒がりだ。

毎年、冬になると、朝は布団から出て来なくなる。

朝食よりも、暖かさを取った詩紀は、いつも授業中に腹が鳴る。

本人は気にしていないが、まわりはそれを聞いて、つい噴き出して、授業に集中出来なくなる。

それに困った担任は、保健委員長の伊作にそれとなく、起こすように伝えた。

それを聞いた伊作も、困ってしまった。

授業が終わってから、伊作は留三郎に不満をこぼした。


「詩紀は、どれだけ起こしても、全然起きないからなぁ…どうしよう」

「あいつも、強情だよなぁ…とくに冬場」

「いつもは、やる気全然ないくせにね」

「こういう時は、やる気だよな」


困った困ったと、2人で言い合っていると、ちょうど同じく授業を終えた小平太と長次がやってきた。


「伊作に留三郎、どうしたんだ?そんな困った困ったなんて言って」

「……なにか、あったのか…もそ…」

「小平太に長次じゃないか。実は、朝に詩紀を起こすように先生に頼まれちゃって…」

「詩紀は、冬は全然起きねぇんだよ」

「へぇ!じゃあ、私起こす!」


小平太は、嬉しそうに笑って言った。

その自信満々な小平太に、伊作も留三郎も驚いた表情になった。


「自信満々だね、秘策でもあるの?」

「うん!秘密だけどな!」


いたずらっ子みたいに笑う小平太を信じてみることにした。


「…小平太なら、大丈夫だ…もそ」

「長次が言うなら、間違いねぇな」

「じゃあ、小平太、明日からよろしく頼むよ。朝食も、一緒に食べてあげてね」

「わかった!」


大きく頷いて、小平太は鼻歌を歌いながら、どこかへ走っていった。


















そんな会話をしていたなんて知らない詩紀は、翌日、布団の中でぬくぬくと寝ていた。

これは、毎冬のおなじみの光景だが、それをぶち壊す者が、部屋に入ってきた。


「しきー!起きろー!」


小平太だ。

大きな声で、詩紀に呼びかけるが、それだけで起きるようなヤワな相手ではない。


「ん……まだ……」

「もー、詩紀は寝坊助だなぁ」


小平太は、布団にくるまる詩紀に、覆い被さった。

そして、いまだにすーすー寝ている詩紀の顔のところの布団を剥いだ。

寒そうに身じろぐ詩紀の耳に、ちゅっと軽く口づけた。

その感触に、詩紀の目はぱっちりと開いた。


「な……なに」

「おはよう!詩紀!」

「い、いま…なにした?」

「ん?なにもしてないぞ?」

「……あっ、そ」


疑いもせず、納得すると、詩紀は再び布団に潜り込んで、眠り始めた。


「本当に、寝坊助で、無防備なんだから」


小平太は、小さい声で呟いて、今度は詩紀の頬に口づけた。

詩紀は、起きる。


「……いま、なんかしただろ」

「え?してないぞ?」

「…本当だろうな」

「うん」

「……なら、いいや」


今度は、あまり納得していないようだったが、詩紀は再び眠ろうと目を閉じた。

その時、小平太は、詩紀の唇を奪った。

だが、それは一瞬ではなくて、5秒くらい重なっていて、さすがに詩紀は驚きで、固まった。

そして、我に返ると、小平太の肩を押して、唇を離した。


「な、なにすんだよ!」

「え?伊作が、詩紀を起こして欲しいって言うから……目ぇ、覚めただろ?」

「お前っ…起こすためなら、誰にでもこんなことすんのかよ!」

「しないよ、詩紀だけ」

「はっ…?い、意味わかんね!もう起きたから出てけ!」


詩紀は、驚きすぎて混乱したようで、もう寝る気にはなれなかった。

だから、小平太を部屋から追い出して、着替え始めた。

寒い…

こんなんだから、冬は嫌なんだ

ぶつぶつと文句を言いながら、寝間着を脱ぐと、寒さで鳥肌が立った。


「さみぃ……」


あまりの寒さに、涙目になった。

すると、追い出したはずの小平太が、再び部屋に入ってきた。

そして、そのまま詩紀にぎゅうっと抱きついた。


「なんだよ!離せ!」

「こうすれば、あったかいだろ?」


言い返せなかった。

確かに、抱き締められると、温かい。


「…野郎に抱きつかれても、嬉しくねーよ!」


小平太を突き放して、一瞬で着替えた。

我ながら、かなり早かったと思う。

詩紀は、名残惜しそうに布団をたたんで、部屋を出ると、小平太がとなりに並んで、歩いていた。


「詩紀、朝ご飯、一緒に食べよう!」

「あ?なんで」

「私が、詩紀と食べたいからだ!」

「……俺、お前とそんなに仲良かったか?」

「いや?私が一方的に想ってるだけ」


詩紀は、小平太の言葉に思わず、足を止めた。


「お、おもってるって…いったい、なにを」

「だから!私が、詩紀のことを一方的に、恋い慕ってるだけ!」

「こっ……」


小平太の突然の告白に、詩紀は固まった。

そして、どんどん顔を赤くしていった。


「詩紀?顔が赤いぞ?」

「う…」

「う?」

「うるせぇーよばかぁあ!」


詩紀は、そう叫んだあと、食堂に向かって全速力で走った。


「お!鬼事か?よーし」


小平太は、楽しそうに準備体操をして、詩紀を追って走り出した。

2人の距離は、どんどん近づいていき、ついに食堂につく前に、小平太は詩紀に追いついた。

そして、詩紀に思い切り抱きついた。


「詩紀捕まえたー」

「や、やめろよ!」

「なはは、なかなか楽しかったぞー」

「俺は楽しくない!」


抵抗する詩紀をものともせず、小平太はぎゅうぎゅうと抱き締めた。

そして、詩紀の頬に本日2回目の口づけを落とした。

詩紀の顔は、みるみるうちに赤くなった。


「離せよばかぁああ!」


その次の日から、小平太の愛の襲撃が始まり、詩紀は早く起きるようになったそうだ。




終わり
 

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