短編
□もしや覚えている
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学校に着いてそれぞれの教室に一緒に向かうが階が違うので、途中で別れようとすると小平が詩紀の手を握ってきた。
「ま、待って」
「えっ」
「あ、あのさ、あとでお昼…一緒に食べないか?」
「あ、あー、はい、いいですけど…」
この人は別人、そう言い聞かせてみてもやっぱり面影はあって。
こうして誘ってもらうと嬉しくて、でもそれを隠そうとして態度が素っ気なくなった。
しかし小平は気にしていないようで、嬉しそうに笑った。
「やった!じゃあ、お昼休みになったら迎え行くから!」
「はい」
小平は嬉しそうに跳ねながら教室に走っていった。
その後ろ姿をみて詩紀は小さく微笑んだ。
お昼休みになると、宣言通り小平が詩紀の教室にやってきた。
「三山!迎えにきたぞ!」
「あっ、はい」
詩紀はお弁当を持って小平に着いていく。
そして手を握られてどき、としたがなんとか平常心を保つ。
小平につれられてやってきたのは屋上だった。
「他のやつもいるが…まぁ、細かいことは気にしないで食べような!」
「は、はあ…」
「待たせたなー!」
小平が屋上の扉を開けてそこにいた人たちに声をかけた。
「遅い!小平、なにしてたのさ!」
「悪い悪い!」
小平にまず声をかけたのは…昔の先輩によく似た人だった。
というより、そこにいる人全員に昔の面影があったのだ。
すると、そこにいた先輩は詩紀を見て首を傾げる。
「…小平、そこの子は?」
「あぁ、紹介が遅れたな。今日、電車で痴漢されてるところを助けてもらったんだ!」
「一年の三山です」
「へぇ!私は三年の善法寺伊作(いさ)。よろしく!」
誰も痴漢されたことには触れないのか…
よくあることなのかな…
心配になったが、先輩方が伊作を筆頭に自己紹介してくれたので、そちらに意識を向けた。
小平と同じクラスの中在家長子(おさこ)
伊作と同じクラスの食満留三(るみ)
留三と犬猿の仲だという潮江文月(ふづき)
文月と同じクラスの立花仙火(せんか)
名前ちょっと違うだけでほぼ先輩じゃん
そう思った詩紀は、彼らも記憶がないのだろうな、と少し疎外感を感じていた。
しかし、ふと仙火から視線を感じてそっちを見ると、にやりと笑われて嫌な予感がした。
すると、仙火が詩紀に声をかけてきた。
「久しいな、詩紀」
「…えっ」
名字しか名乗っていないのに、下の名前を知っている…ということは、もしかしたら彼(女)も昔の記憶が…?
驚きの声しかあげられずにいると、仙火は言葉で寂しそうにしながらも、声音は大変楽しそうに言った。
「なんだ?私のことを忘れたというのか?薄情な後輩だな」
「い、いえ!忘れていません!」
「なんだ、仙火と三山って知り合いなのか」
不思議そうに文月が問うと、仙火は頷いた。
「そうだ、なぁ?詩紀」
「は、い、そうですね」
「あぁ、それと"昔からの"呼び方でいい。かしこまって名字呼びなんてするなよ」
妙に昔からの、を強調されて詩紀は自分に本当に昔の記憶があるのか試されているのだとわかり、その名前を口にする。
「わかりました、"仙蔵"先輩」
「…それでいい」
その様子を見ていた小平は、何故か胸がもやっとして、隣にいる詩紀の腕に抱きつく。
「えっ、先輩?」
「…仙ちゃんと仲いいんだな」
「あ、あー、っと…」
仲いいというか、記憶を持つもの同士で少し浮かれてしまっただけで…
そんな言い訳できるはずもなく、もごもごと口ごもる。
その様子を心底面白そうに仙火は見ていた。
お昼を終えて、それぞれの教室に戻ることになったのだが、仙火が詩紀を引き留めてきたので二人は屋上に残った。
小平も残ると言ったが、長子に引きずられて行った。
そして二人しかいなくなった屋上で、仙火はふと口元を緩めた。
「…お前にも、記憶があるのだな」
「はい、物心ついた時から…」
「私も同じだ。最初、あいつらに出会った時、同じだと思っていた…が、あいつらはなにも覚えていなかった」
「…そんな感じですね」
「それでも、お前は小平太が好きなのだな」
「えっ!」
図星すぎて否定出来ずにいると、仙火はクスクス笑う。
「心は女でも、本当の女の小平を好きになれるなんてな」
「そっ、そりゃそうですよ…私、心は女だけど…あの人は、昔の小平太さんみたいで…」
あの時は忘れないと言ってくれた彼だけど、実際に出会ったらなにも覚えていなくて、もしかしたら彼女は小平太とはまったく関係のない人なのかもしれない。
それでも、それでも私は…
「ふん、ならば手伝ってやってもいいぞ?」
仙火は呆れたようにそう言った。
詩紀はぽかんと呆ける。
そしてすぐに意味を理解すると、首を横に振った。
「い、いえ、大丈夫ですよ」
「なに、遠慮するな」
「遠慮なんかしてな…」
「では命令だ。手伝わせろ」
横暴な!
巷では小平太さんを暴君って言う人がいたけど、本当の暴君はこっちだよ!
それに…小平太さんは、私にすごく優しかったし…
「おい、昔の記憶の感傷に浸っていないでさっさと来い」
「えっ」
「私が最高の舞台を脚本してやろう」
なんて厄介な人が記憶持ちなんだ!
もしや覚えている
でもそれは、想い人ではなく。
続く