短編

□てんせいも悪くない
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ミスコンも無事終わり、結果が発表された。

惜しくも準優勝だったが、詩紀は満足だった。

小平太に思っていることをすべて言えたし、久々に女として話せたことが嬉しかったのだ。

今はもうくのたまの格好から学校の制服に着替えて、文化祭をまわっているところだ。

詩紀のクラスの演劇は一日一回の公演なので、もう今日は自由に文化祭を見ていいのだ。

先ほど喫茶店でお茶とケーキを食べたので次はどうしようか、と悩んでいると後ろから声をかけられた。

「詩紀」

「え?あ、仙蔵先輩」

仙火はお化け屋敷と書かれた看板を手に持ち、にやりと笑って見せた。

「私のクラスに来るといい、お化け屋敷だ」

「ええ…一人だと怖いんですけど…」

「そう言うと思って助っ人をもう向こうで待機させている、行くぞ」

そう言ってさっさと歩いて行く仙火に着いていく。

そして、お化け屋敷と書かれた教室の前まで来て、詩紀は体を硬直させた。

「…詩紀…」

「あ…な、七松先輩…」

なにか言いたそうにこちらを見つめる小平がいた。

助っ人って言うのこれは!?

「ほら、じゃあ行ってこい」

「えっ、うわっ」

仙火に小平と手を繋がされて、お化け屋敷に押し込められた。

一度入ってしまったらもう出られないので、仕方なく詩紀は小平に話しかける。

「七松先輩、とりあえず、今は楽しみましょう」

「うん…なぁ、詩紀…ここを出たら…ちょっと話があるんだけど…いいか」

「は、はい」

改めてそう言われると、詩紀はどきどきしてしまう。

繋がれた右手は離されることはなく、ただ離れないように強く握られたままだった。

いろいろハプニングはあったものの、無事にお化け屋敷を出ることができた。

怖かったなぁと一息ついていると、小平にくいっと引っ張られて自然とそれに着いて行った。

詩紀の手を引いてくれる後ろ姿が、まるで昔と変わらなくて涙が出そうになる。

そして、人気のない空き教室にたどり着くと小平は詩紀をじっと見上げて口を開くが、なんと言ったらいいのかという風に何度も口を閉じては開く。

泣きそうな表情で、小平はついに話し出した。

「全部、思い出したんだ。私が、お前を愛していたことも、お前を一人残して、死んだことも……」

「な、なまつ、せんぱい…」

「ごめんな、私…絶対忘れないって言ったのに、一番大事なお前のこと…すっかり忘れて…でも、お前の言葉を聞いたら、私がどうしてこんなに…詩紀が気になって仕方がないのか…わかったんだ」

小平、いや小平太はぽろぽろ涙を流しながら詩紀を抱き締める。

「ごめんな…詩紀…ぜったいにもう、お前のこと忘れたりしない、だから…だから、詩紀が許してくれるなら、また私の一番そばにいて欲しい…」

自分より小さい体はかすかに震えていて、詩紀はそっと抱き締め返した。

「もちろんです…小平太さん、私の言葉、聞いていたんでしょう?今でも…あなたを愛してるって言ったじゃないですか」

「っはは、そうだな、そうだったな…」

小平太はようやく笑い声を聞かせてくれた。

「詩紀は男になったら男前になったなぁ」

「そういう小平先輩だって、なんだか泣き虫ですね」

「な、泣いてないぞ、別に」

「はいはい」

「むう…詩紀、生意気だぞ!」

そう言って体をぽかぽか殴ってくるけれど、女ということもあってあまり痛くなかった。

可愛い、と口には出さないけど伝わってくれるように、詩紀は暴れる小平の腕を優しく掴み小平の顔に顔を近づけた。

そして頬を赤くして黙りこくる小平に、詩紀は触れるだけのキスを落とす。

一瞬で離れる口づけは、物足りなさだけを残していった。

ゆっくりと目を閉じた小平は、物欲しそうに詩紀を待っていた。

「すっかり女の子ですね、小平先輩」

そう言った直後、詩紀は再び小平と唇を重ねる。

今度は触れるだけのものではなくて、溶けてしまいそうな深いキス。

昔は立場が逆だったのに、とふと思ったけど今は小平に夢中になっていたくて、そんな思考はすぐにどこかに捨てた。

息を吸おうとした小平の唇を割って舌を忍ばせると、小平からくぐもった声がもれる。

「んっ…ふぁ…あ…」

逃げ腰な舌を捕らえて絡めてあげれば、小平は腰がぬけてしまったかのように床に座り込んでしまった。

そこで口が離れると、小平は息を乱しながら詩紀を軽く睨む。

詩紀は、小平の目線に合わせるようにしゃがんだ。

「しき…あ、んなの…ずる、い…」

「昔は小平太先輩がしてくれたじゃないですか。だから、今度は俺が小平先輩にしてあげます」

「…むぅ……詩紀は、昔こんな気持ちだったのか」

「…今どんな気持ちです?」

「…好きな人からの…その……キスが、う、うれしい…」

そう言ったあと恥ずかしそうに詩紀の胸元に顔を押し付けて、表情を隠した。

その可愛らしい仕草に、詩紀はきゅんきゅんしっぱなしだ。

思わず小平を抱き締めると、彼女はさらにすり寄ってきてくれた。

「あぁ、もう、可愛すぎです、小平先輩」

「…詩紀はかっこよすぎだ、ばか」


てんせいも悪くない


そう思えた16歳の秋。


終わり
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