この蒼空(そら)の彼方、響け金糸雀の唄


□第1話
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 照りつける太陽が、足元のコンクリートを焼いている。
 じりじりと刺すような熱気に一筋の汗が顎を伝い、浦飯幽助は乱暴にそれを拭った。

「……あっちー……」

 力無く項垂れる幽助の声音に、普段の威勢は皆無だ。いま桑原辺りにケンカを吹っ掛けられたら、パンチ一発ぐらいは食らうかもしれない。それでも一発だけだが。
 息苦しさを噛み潰しながら、幽助は少し前を歩く幼なじみに呼び掛ける。

「おい螢子」
「何よ」
「なんでオレがこのクソ暑い中、オメーの図書館通いに付き合わなきゃなんねぇんだ。せっかくの夏休みだってのによ」

 七月下旬の某日――世間の学生は、待ちに待った大型夏期休暇を満喫している時期だ。やれ海だ山だと、遊びの計画に胸を弾ませている筈の時期。
 ここに来るまでにすれ違った同年代の若者達も、『今年の旅行先は海外だ』だの『ウチは田舎のばーちゃん家ぐらいしか行かない』だの、口々に盛り上がっていたというのに。
 何故オレはこんな目に遭っている?
 そう文句を垂れれば、呆れたような素振りで振り返った螢子がため息をついた。

「アンタねぇ、自分に遊んでる暇があると思ってるの?」
「夏休みは遊ぶ為にあんだろーが!」
「アンタは年中日曜日みたいなモンじゃない! 授業にも出ないし、かといって自宅学習する訳でもないし」
「誰が好き好んで家でまでベンキョーなんかするかっつーの」
「そういうセリフは、毎日真面目に学校通ってる人が言うものよ。どうせ夏休みの宿題も手ェ付けてないんでしょ」
「たりめェだ」
「だ・か・ら!」

 大股で近付いてきた螢子は、無遠慮に幽助の首根っこを鷲掴む。普段の習慣から逆らい難いその力にされるがまま、思いきり引っ張られる羽目になった。

「早めに取り掛かっておこう、って言ってるの」
「っざけんな、ンなモンやってられっか!」
「分からないところはちゃんと教えてあげるから」
「いらねーよッ」
「私は竹中先生から頼まれてるの。ほら行くわよ」
「ぐっ、竹センのヤロー余計なことを……ちょっ、おいコラ、離せ螢子〜〜!」

 ずるずるとみっともなく引きずられ、もろに人の視線を浴びてしまう。
 この辺りでは浦飯幽助は有名人だ。主に悪い意味で、顔も名前も知れ渡っている。
 そんな幽助が同年代の女子の掌で転がされている様は実に情けなく、またその名に怯えている連中にとっては小気味良くも映るらしく、いやらしい笑みを浮かべながら横目で見やる輩もいて無性に腹立たしくなっていった。
 いつもなら振り切って逃亡するところなのだが、夏の太陽は幽助からそんな気力さえ削いでしまう。暑い。そして面倒臭い。

(まぁ、図書館なら涼しいし……昼寝でもすればいいか)

 そんな軽い気持ちで流されたのだった。



「……あ」

 炎天下で幽助を犬猫のように扱っていた螢子の足が、ふと止まる。どうしたのかと前方に目を向ければ、女が一人と男が三人……絡まれているのか?

「白凪先輩?」
「あ? お前の知り合いか?」
「何言ってるのよ、同じ学校の白凪真莉亜先輩でしょ」

 そんなことを言われても、サボタージュがデフォルトの幽助には知る由もない。ましてや上級生ともなれば尚の事。
 更に今は夏休みだ。制服も着ていないのだから、わかりようがないではないか。

「ナンパ……かしら?」
「じゃねーの?」

 女は無表情だが綺麗な顔立ちをしていた。背も高く、すらりとした体型で、人目を引くのも納得というものだ。
 男共を無視してすり抜けようとした女だったが、その腕を掴まれる。

「先輩! ちょっと幽助、アンタ行って助けてきなさい」
「はあ!? なんでオレが」
「問答無用。アンタの悪名高さ、こういう時に活かさないでいつ活かすのよ」
「別に活かしたかねぇんだけど」
「いいから行きなさい!」
「ったく、しゃーねぇな……」

 まあ、確かに見過ごすのもあまり気分の良いものではない。それに美人を助けて損は無いか。
 そう思って歩を進めた幽助だった……が、しかし。

「うぁ!」
「げふっ?」
「ぎゃっ」

「…………へっ?」

 次の瞬間、男達は呻き声と共にその場に伏した。女のエルボーと回し蹴りが見事に決まったのだ。

「おぉ……やるな、あの女」
「なに感心してるのよアンタは」
「いや、なかなかの動きだと思ってよ」

 女は気だるそうに髪をかき上げる。
 華麗な技を持ってして自力で危機を切り抜けた彼女は、足元にうずくまる軟派野郎共を乾いた眼差しで見つめていた。
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