この蒼空(そら)の彼方、響け金糸雀の唄
□第1話
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「先輩っ」
男達がすごすごと立ち去っていくのと入れ替わりに、螢子が女に駆け寄る。その様子に気づいた女は視線を上げ、螢子の姿を捉えるとわずかばかり表情を緩めた。
「……雪村さん?」
「大丈夫ですか?」
「ええ、なんともないわ。よくある事だし、慣れてるから」
なるほど、平然と撃退出来たのはそういう事か。見た目とは裏腹の腕っぷしに幽助は思わずほうと息を漏らす。
「大した度胸だな。まさかこんな女が螢子以外にもいたとは、いや驚きだわ」
「うるさいわね、一言多いのよ」
「……雪村さん、そちらは?」
「あっ、すみません。コイツ私の幼なじみで……一応同じクラスなんですけど」
「一応、と言うと?」
「オレほとんど学校行ってねぇからな」
「偉そうに言うんじゃないの!」
不良発言を螢子に一発ど突かれ、後頭部をさすりながら幽助は初めて女を間近で見た。
見目の麗しさは遠目でも認識出来たが、傍に居ると更に不可思議な魅力を感じる女だ。色気、とでも呼ぶべきだろうか。長い黒髪と微かに紅みを帯びた瞳が妖しげなオーラを放っている。
胸元を飾るペンダントには紅い石が括られており、それがまた色白な肌に映えて目を引く。瞳の色と相まってますますゴシックな雰囲気が漂っている。
ただ、その眼には唯ならぬものを感じた。どこかやる気の無さそうな半開きの目なのに、変な鋭さを孕んでいて――なんとなく……本当になんとなくだが、同族のニオイのようなものが嗅ぎ取れたのだ。
「浦飯幽助、って言うんです」
「なんでオメーが紹介してんだよ」
「アンタが満足に挨拶も出来ないからでしょ」
「浦飯、幽助……聞いたことがあるわ」
「どーせ悪評だろ」
「そうね。毎日喧嘩三昧だとか顔見たらカツアゲされるだとか、そんな噂ばかり」
「ケッ、人を悪魔か何かみたいに言いやがって」
事実とはいえ面白くもない。最近では町内でも校内でも、幽助の仕業ではない悪行までなすり付けられているので、この上無い胸くそ悪さを味わっていた。
おそらくこの女も鵜呑みにしているクチに違いない。そう思った。
「わかったらアンタも、オレと関わったなんて人に言わねぇ方がいいぜ」
しかし彼女はそんな事には興味無さげで。
「別に……私も似たようなものよ。だからいちいち気にしないわ」
「あん? そりゃどういう意味だ?」
「さあね」
ふわり、女の髪が揺れた。
「それじゃ私、仕事があるからこれで」
「あ、はい。引き止めてすみません」
「いいえ。心配して声を掛けてくれたのでしょう? ありがとう。また二学期に学校で」
「お仕事頑張ってください」
螢子に軽く会釈すると幽助に一瞥だけをくれ、女はそのまま身を翻して去っていく。黒いワンピースと黒い長髪をなびかせながら颯爽と歩く姿は凛としていた。
手を振って見送る螢子を視界の端に入れつつ、幽助もまたその後ろ姿を見つめる。何故だかわからないがそれはいつまでも目を逸らせず、やけに脳裏に焼きつくことになるのだった。
「さっきの、どういうことなんだ?」
再び図書館への道すがら、幽助は螢子に訊ねる。先程の女――白凪真莉亜が言ったことが、どうにも引っ掛かっていたのだ。
「あの女、オレと似たようなモンだって」
「コラ、ちゃんと『先輩』って言いなさい!」
「細けぇ事はいいんだよ。で?」
「まったくもう。そうね……白凪先輩も人と距離を置いてる所があるから、かしら?」
「なんだ、一匹狼気取りってか」
「そんなんじゃないと思うけど……でも確かに、誰かと仲が良いって話はあんまり聞かないわね。やっぱりみんな気を遣ってるんじゃないかしら。先輩、仕事もしてるし」
「お、そういやそんなこと言ってたな。つーか中学生って働けんのか?」
「働けないわよ。普通は」
それはつまり、彼女が何かしらの事情を抱えた存在だということか。訊ねておいてなんだが、面倒事ならば聞くのではなかったなと早くも後悔の念が湧く。
「……っていうかアンタ、本当に先輩のこと知らないの?」
「知らね」
日常的にサボりを繰り返している幽助に学校内の内情など知りようもないことは、螢子もよくわかっている筈だ。なのに知っていることが当たり前のような口振りに疑問符が浮かぶ。
すると螢子は手提げ鞄の中をごそごそと漁り、一冊の雑誌を取り出した。女性向けのファッション誌だ。
それをぱらぱらと捲り、ある1ページを幽助の眼前に突き出す。
「ほら、この人よ」
「ん〜? ……あ」
そこにはあの女が載っていた。見出しとして大きく書かれていた売り文句は……
「“人気No.1モデル・白凪真莉亜大特集”……マジか」
「マジよ」
夏休みの街で偶然出逢った上級生は、なんと今をときめくカリスマ級のスーパーモデルだったのだ。