この蒼空(そら)の彼方、響け金糸雀の唄


□第3話
1ページ/3ページ


「はぁ……今日もあっちぃなー……」

 真夏日の炎天下。幽助は肌を焼くような暑さにうんざりしながら商店街を歩いていた。
 夏休みも終盤に差し掛かり、じきに学校も始まるという時期だ。ここらで一発デカい当たりが欲しいと思ってパチンコに足を運んだところ、見事にスった帰り道。

「あのリーチがキてればなー……あぁくそっ、面白くねェ!」

 新台入替だというからこうしてはるばる隣町までやって来たのに、このザマとは。
 怒ると余計に暑く感じるのはわかっていたが、どうにも腹の虫が収まらない。足元の小石を乱暴に蹴飛ばし、気休めながらもそれを発散させる。
 気分直しに喫茶店でコーヒーでも飲むかと適当な店を見繕っていると、覚えのあるシルエットが目についた。

「アイツは……」

 またも白凪真莉亜だ。
 初対面の時に男を追い払い、ドラッグストアで偶然の再会を果たし、会うのはこれで三度目になる。それら全てが夏休みの四十日間中の出来事なのだから、対人関係の極少な幽助としてはなかなかの頻度と言える。
 少し苦々しさを思い出すのもまぁご愛嬌だ。
 しかしいったいどうしたというのか。真莉亜の印象としてあったたおやかな佇まいは鳴りを潜め、彼女は前屈みで下を向きながらきょろきょろと歩いている。なにやら挙動不審だ。

「何してんだありゃ?」

 幽助が訝っていると、真莉亜は不意に顔を上げる。先日までの鋭い眼差しとは異なる沈んだような面持ちで、小さくため息をついた。
 すると彼女がこちらを捉え、目が合う。目が合った手前無視する訳にもいかず、声を掛けてみることにした。

「よう、また会ったな」
「…………」
「天下の人気モデルさんが、こんな寂れた商店街で何やってんだ?」
「……別に」

 淡泊で端的な返事。幽助とは話したくないという意思表示なのか。あるいは万引きの一件で軽蔑でもされたのか。
 そういえば螢子は『白凪真莉亜は人と距離を置いている』と言っていた。もしかしたら誰に対してもこういった態度なのかもしれない。

「そう言う貴方は、こんな所で何を?」
「いや、まぁ……散歩、的な?」

 さすがにパチンコ帰りと告げるのは憚られ、適当に誤魔化してみる。
 しかし真莉亜は『嘘ね』とばっさり切り捨て。ついっ、と幽助の首筋に顔を近づけ、そのまま三秒静止。

「お、おい……」
「タバコの匂いね。それもこの間とは違う銘柄」
「あ、わかる? てかこないだの時点で気づいてた?」

 だとすれば、とてつもない嗅覚だ。あの日はまだ吸っていなかったというのに。

「染みついてんのかなー」
「かもしれないわね」

 匂いを確認した後、女はあっさりと離れる。
 自身のTシャツを嗅いでみると、タバコに混ざって微かに別の匂いがした。少し渋めの、けれど落ち着いた匂い。幽助に移った真莉亜の匂いだ。
 甘ったるい香水などではないそれは、幽助にとって不快ではなかった。

「貴方、パチンコ店にも出入りしているそうね」
「お詳しいこって」
「結構有名みたいよ。私個人としてはあまり感心しないけど」
「まぁそのなんだ……思い出づくりだ」
「思い出?」
「夏休みももう終わりだろ? だから」
「パチンコで?」
「パチンコで」
「勝ったの?」
「負けた」
「……馬鹿じゃないの?」
「ほっとけ!」

 馬鹿、か。確かに馬鹿だ。ごもっとも。
 だがそんな事を直球で幽助にぶつけてくる輩など、これまで幼なじみの螢子以外には誰もいなかった。そのせいか妙に新鮮で、悪い気はしない。
 先日の一件といい、この女は度胸が良いようだ。強気な女は嫌いではない。
 幽助は、白凪真莉亜という人物に興味が湧き始めていた。

「で、結局アンタは何やってんだよ?」
「だから大したことじゃないわよ」
「オレは訊かれた事に答えたぜ。次はアンタの番だろ。フェアにいこうぜ」
「嫌なら答えなければよかっただけじゃない。そういうの、フェア・アンフェアとは関係無いと思うけど?」
「訊いてきた、ってコトは少なからず気になった、ってコトだろ」
「ただの世間話よ。貴方に興味があった訳じゃないわ。それが会話のキャッチボールというものでしょう」
「……いちいちごもっともだなアンタ」

 どうやら真莉亜は、他人との関わり合いを極端に嫌うタイプのようだ。
 普段の幽助ならここで引くところなのだが、先程の落ち込んだ表情が頭にチラつく。下を向きながら歩いていた、という事は……

「捜し物か?」
「えぇ、まぁ。でも貴方には……」
「そういやこないだのアレ、付けてねぇよな。紅い宝石のペンダント」
「……よく覚えていたわね」
「目につく色合いだったからな。高いか安いかはよくわかんねーけど」
「美術的な価値なんて無いわよ」
「へぇ。ま、どっちでもいいけど。この辺りで失くしたのか?」

 返答を待たぬまま、幽助は足元に目を向ける。腰も落として目線自体を下げ、地面に間近な範囲に視界を絞って左右を見渡した。

「ちょ、ちょっと何を……」
「あんな捜し方じゃいつまで経っても見つかんねぇぞ。しゃがんだ方が早ェって」
「だからってなんで貴方が……関係無いでしょう?」
「乗り掛かった船だ。付き合うぜ」
「でも、」
「うだうだ言うな暑いんだから。ほら、行こうぜ」

 思い立ったら即行動。幽助は自分がわりと気まぐれな性質だと自覚しているが、口にした以上はそれを違いたくない信条も持ち合わせている。
 気が変わらないうちにさっさと捜そう。そう思い、真莉亜を手招きで促した。
次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ