この蒼空(そら)の彼方、響け金糸雀の唄
□第3話
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炎天下の失せ物捜しの最中にふと思ったのは、何故この女がここまでしているのかという事だ。
よくよく考えたら真莉亜は売れっ子のモデルだ。つまりそれ相応の稼ぎがある。加えて彼女自身が、あのペンダントは高価なものではないと言ったのだ。
わざわざ暑苦しい思いをしてまで捜さずとも、失くしたのなら新しいものを買えば済む話である。それこそ、撮影などの際に着用したものを頂戴出来ることだってあるのではないだろうか。幽助とは異なり、盗むでない正当な方法で、いくらでも。
なのに。
「どうしてそこまでするんだ?」
およそ人気モデルに似つかわしくない不恰好な体勢で目を皿にして、流れる汗さえ拭いもせず……初めて出逢った時のクールな雰囲気とは程遠い。こんな一面もあるのだなと驚く反面、新たな謎に首を傾げてしまう。
そうまでする価値があのペンダントにあるのか。率直な疑問だった。
「あのペンダント、そんなに大事なモンなのか?」
「…………」
「なんか曰く付きとか?」
「…………」
「おーい、聞いてっかー?」
「……え、なに?」
「必死かよ。ちっと意外だわ」
どこか人と一線を画したミステリアスさがありながら、このように普通の人間らしい部分も残して。なんともギャップだらけの女だ。
「あのペンダント、大事なモンなのか? って訊いたんだよ」
「……まぁ、ね」
それでも核心には触れさせない。
まるで茨のようだ。
誰も寄せつけず、近づこうとする者にトゲを向け、その奥の真理には決して辿り着かせない。
身を護るようでいて攻撃的。他を隔絶しているようでいて、隔絶されているかのような。
そんな茨の檻を、彼女は纏っている。
果たしてその向こうには。茨を剥ぎ取って奥に進んだその先には、いったいどんな彼女がいるのだろうか……?
いずれにしても、ますます興味が深まる。
白凪真莉亜――彼女は幽助にとって関心の対象となり得る存在だった。
そんな調子で捜し進めていた最中の事だ。
「あの、」
柔らかい声が降り掛かり、二人は動きを止めて顔を上げる。
中年の女性だった。朗らかで品のある雰囲気の女だ。年の頃は四十前後だろうか。買い物袋を片手に提げ、なんとなく人の良さそうな感じがした。
「何か?」
すっくと立ち上がって姿勢を正す真莉亜は、さすがティーン向け女性誌で特集を組まれるだけのことはある。ただ身体を起こして肢体を伸ばしただけなのに、実に絵になっていた。
自分より頭ひとつ分背が高くなった真莉亜に中年女性はわずかに目を丸くするが、すぐに笑みの細まりを形づくる。
「突然ごめんなさいね。さっきから貴方達のこと、ちょっと気になってて」
「すみません、通行のお邪魔でしたか?」
「いえ、そうじゃなくてね。これ……」
差し出された手の平を二人で覗き込む。
「「……あ」」
思わずハモった。そこには捜し求めていた紅の石が乗っていたのだ。
「これだろ、アンタのペンダント」
「ええ。あの、どちらでこれを?」
「そこの自販機の近くに落ちていたの。『綺麗だなぁ』って拾って眺めていたら貴方達がおかしな格好をしながらやって来るものだから、もしかしたらと思ってね」
おかしな格好……否定は出来ない。前傾姿勢で辺りをきょろきょろ見回しながらうろついている男女二人組は、紛うことなき不審者だ。
真莉亜も自覚はあるのか、ばつが悪そうにしている。
「あ、ごめんなさいね。つい……」
「いえ。仰る通りだと思うので」
「まぁ確かに怪しいわな、オレら」
「ふふ、楽しい子達だわ。じゃあはい、お返しするわね」
「ありがとう、ございます」
受け取ったペンダントをしばし見つめ、女はほっとしたように息をつく。指の腹でそれを撫でると、微かに口の端を上げたように見えた。
(……あ)
笑った?
祈るように両手でそれを包み、安堵して、目を閉じる。それは本当に薄い微笑みで、ともすれば見逃してしまう程度の微弱な変化。
でも。
「よかったな、見つかって」
返事代わりに頷いた真莉亜のその表情を、幽助はとても美しいと感じていた。