この蒼空(そら)の彼方、響け金糸雀の唄


□第4話
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 夏休みが終わりを迎えた。
 どうにもあの白凪真莉亜という女が気になる幽助は、珍しいことに始業式からきちんと登校していた。こんな形で人から影響を受けるなんて、自分でも驚いている。

 普段なら近づくこともない上級生の教室。なんとなく足を運んだ先の廊下で、ふとその姿を見掛けた。幽助は真莉亜を横目で追う。真莉亜は幽助に気づくとほんの少しだけ立ち止まり、けれど特に何を言うでもないまま通り過ぎていった。
 校内で自分と接触しないのは正解だ。変に騒ぎ立てられるのは面倒で、互いにとって煩わしい。彼女もそれを察しているのだろう。
 後に残るのは真莉亜の同級生の囁き声。耳をそばだててみると彼女のことを話していた。

『おい見ろよ、白凪真莉亜だぜ』
『おぉっラッキー♪ って、さすがに始業式早々仕事は入れてねェか』
『やっぱイイよなー』
『ああ、良い。マジいい女だわ』
『っか〜〜! 付き合ってみてぇもんだぜ。真莉亜サマ〜〜』
『よせよせ、お前じゃ相手にされねェって』

 どうやら螢子の言っていたことは本当らしい。トップモデルとして巷で名を馳せている真莉亜は、校内でも目を引く存在のようだ。
 本人非公認だが隠れファンクラブもあり、中には彼女を神聖化している者までいるのだとか。無愛想なところが逆に神秘性を醸し出しているのだろう。
 しかしその人気とは裏腹に、真莉亜に近寄る者は誰もいない。皆遠巻きに眺めるばかりで、言葉を交わす者は一人として見受けられなかった。

(浮いてんのな)

 妙な親近感を覚える。
 似ていると感じたのだ。自分自身に。



 始業式が行われているであろう体育館を屋上から眺めながら、幽助は先日の真莉亜の言葉を思い返す。

『お金に貪欲なのを卑しいと感じるのは、貧しさを知らない者の傲慢』

 幽助の家は母子家庭だ。故に裕福とは程遠い暮らしだが、それでも母・温子が金に困っている様子は見たことがない。
 けれどそれが異質だという事も、幽助はずいぶん前から理解していた。
 温子はまともに働いてはいない。競馬や競輪は日常茶飯だし、昼間から飲み歩いた挙げ句の朝帰りなんてパターンもザラにある。
 普通に考えれば生活するのも難しいであろう筈の環境で金銭的な苦労を味わわずに済んでいるのは、温子の捻出する金の出所が人に堂々と言えないものだからにほかならない。

 だからこそ重くのし掛かった。中学生でありながら立派に働いて稼いだ、胸を張って使える金を持っている真莉亜の、その言葉が。

(同じようでいて違う……けど、それでも……)

 気づけば彼女のことを考えている自分がいる。何故こんなにも気に掛かるのか、幽助自身にも上手く説明出来ない。
 似ているような、似ていないような……そんな自分と彼女。
 第三者に訊ねれば間違い無く後者と言うだろう。けれど所詮それは表面上のことでしかない。
 幽助が感じたのはもっと直感的な要素だ。
 例えるなら、同じ土塊の中で目覚めた光を知らない土竜。同じ下水道を這いずり回って餌を探した溝鼠。
 そういう“人種的なニオイ”が同じと感じたのだ。

「……ま、だからどうだって話なんだけど」

 生まれや性質がどうであれ、今の幽助と真莉亜では明らかに棲む世界が違う。それは確実だ。
 彼女のことが気になるのはあくまで幽助の思いであって、真莉亜がどう受け止めるのかは彼女の思い。そこに幽助の干渉の余地は無い。
 少なくとも、何の得にもならないことだけは確かだろう。幽助の存在が真莉亜のプラスになることは無いのだから。

 ……もう関わらない方が彼女の為だ。

 そんな風に考えながら煙を吹かしていると、不意に校舎へのドアが開く音がした。
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