この蒼空(そら)の彼方、響け金糸雀の唄
□第5話
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二学期が始まって二週間ほど経った頃だ。
「浦飯ィィィ、勝負しろやコラぁ!」
登校する途中で、残暑に負けないくらい暑苦しい男に絡まれた。
「今日こそオレが勝ーつ!」
前をはだけた学ランの下に着たタンクトップからは隆々と筋肉が盛り上がり、ご自慢のそれで力こぶをつくって見せつけてくる武骨な男。幽助に打ち勝たんと打倒を掲げる七転び八起きの執念豪傑漢――桑原和真だ。
「まーたお前か桑原。ったく、しつけェ奴だな」
「皿屋敷No.1はこのオレ様だ!」
「いい加減聞き飽きたぜ、そのセリフ」
「うっせぇ、いいから勝負しやがれこの野郎!」
胸ぐらを掴まれて揺さぶられる。恐れなどは無いが、不細工な面を顔が触れ合うかどうかのぎりぎりのラインまで迫らせるのはご遠慮願いたかった。別の意味で恐怖だ。
桑原の額を押し返し、手を振り払って制服の皺を直す。
「何べんやったっておんなじだっつーの」
「そうッスよ桑原さん」
そんな声が耳に届いて、初めて彼の背後に人影があることに気づいた。その気配は三体。沢村、桐島、そして大久保――桑原の舎弟達である。
「こいつ化物なんスから、もうやめた方がいいですって」
「こないだも結構な怪我させられたばかりじゃないスか」
「制服汚したら、またお姉さんにどやされますよ」
「うるせぇぇぇ! 姉ちゃんの話はすんじゃねぇ!」
何がそんなに心惹かれるのか、彼らは桑原をよく慕い、常に行動を共にしている。幽助からすれば物好きもいいところなのだが、桑原軍団と呼ばれるこの集団は非常に和気藹々としており、不良を気取っているわりにはケンカ以外の悪事は一切働かない実に健全な連中だった。
桑原は幽助を負かすことだけを追い求め、万引きやカツアゲの類には手を染めていない。また、ケンカ相手も自分達同様それなりに荒れている者達に限られており、その術を知らない者には絶対に仕掛けたりしない。
ある意味、純粋な向上心の塊とも言える。
そして桑原のそうしたまっすぐな所が、舎弟三人に『ついて行きたい』と思わせているのだろう。
幽助とは、違う。あらゆる部分が違う。
人は“不良”という言葉で幽助と桑原を一括りにしようとする。だがそれは間違いだ。
幽助と桑原は、根底の部分が決定的に違うのだ。
そんな桑原のことを、幽助は密かに羨ましくも思っていた。彼の存在は、幽助には眩しすぎる。
もちろん、死んでも本人に伝えてなどやらないが。
「とにかく、ツラ貸せや浦飯」
「しょーがねぇな」
また返り討ちでぼこぼこにしてやるか。
そんな思いで裏の空き地へ場所を移そうと提案すれば、律儀に幽助と桑原の後に続く舎弟三人組。
(コイツらも大概付き合い良いよな)
それがなんだか可笑しくて、微笑ましくて、ついつい失笑してしまう。
すると目ざとく見咎めた桑原が苛立ちの眼差しを向けてきた。
「テメェ、なに笑ってやがる!」
「別に。なんでもねぇよ」
「なんでもねぇこと無ぇだろ!」
「ホントになんでもねぇって」
「さてはテメェ、オレのことバカにしてやがるな!?」
「ンなもんはいつものことだ。今さら笑うまでもねェや」
「あんだとコラぁぁぁぁ!」
再び胸ぐらを掴まれ、先程よりぎらぎらした目つきでガンを飛ばされる。挑発に乗りやすい単純思考なこの男は、なんともからかわれやすいタイプなのだろうなと感じていた。
事実、舎弟達はすっかり呆れ果てている様子だ。おそらく他校生とのケンカに於ける日常茶飯なのだろう。
「上等だ! 空き地行くまでもねェ、ここで決着つけてやる!」
「おー、来なさい来なさい。こっちも手間が省けらぁ」
桑原は一度、幽助から手を離す。仕切り直しという意味だ。
形勢の偏った状況ではなく、正々堂々まっさらな状態から始めようというスポーツマンシップにも似たその姿勢。ケンカにも自分のルールと筋を通そうとするその男気。
そんな桑原との拳のぶつけ合いが、幽助は嫌いではなかった。
「覚悟しろや、浦飯」
気配に気づいた他の登校中の生徒達が、五人を避けて回り道の路地へと入っていく。遠巻きに眺めるその視線には、疎みの色がありありとにじんでいるのが見て取れた。
それでいい。賢明な選択だ。こちらとしても、邪魔されては叶わない。
「行くぜぇぇー!」
威勢のいい叫び声は開戦のゴング。
幽助と桑原の殴り合いが始まった。