この蒼空(そら)の彼方、響け金糸雀の唄
□第2話
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家に帰り着いた幽助は妙な気だるさに襲われていた。
疲労感。そんなものとは無縁だと思っていたのに。
あの女に見咎められたことが堪えたとでもいうのか? ――否、そんな繊細な性格でないことは自分が一番よくわかっている……筈。
「……ただいま」
「ぅぉーい遅いぞー……ぅ……また吐きそ……」
出迎えるということを知らない母は布団の中で口元を押さえ、さっさと薬を寄越せとばかりに手招きをしている。その怠惰に呆れるのは今更だ。
幽助は買い物袋の中から胃薬を取り出し、寝転がったままの温子に向かって無造作に投げつけた。
「みぃずぅー……」
「そのくらい自分でやれよ」
「うごいたら、もどす」
「ったく世話の焼ける」
布団の上に吐瀉物を撒き散らされてはかなわない。どうせ汚れたシーツを洗わされるのも幽助なのだ。
なので文句をぐっと飲み込み、コップ一杯の水を母に差し出す。
その母はといえば箱を開けるのももどかしそうにパッケージを破り捨て、顆粒の薬剤を口に含むと、水と共に一気に胃の中に流し込んだ。
「ぷはー!」
「『ぷはー』って……薬の飲み方じゃねぇよその音」
「……まだ気持ち悪い……」
「当たり前だろ。そんなすぐに効くかよ」
「こうなったら迎え酒だ」
「ざけんなクソババア! これはオレのだ」
性懲りもなくアルコールを摂取しようと手を伸ばす温子から、慌てて買い物袋を引き離す。そのはずみで、袋の中に突っ込んであったレシートがはらりと落ちた。
のそのそと拾い上げた温子が、据わったままの眼でそれを見る。
「……あら、なーに珍しい。アンタこれ買ったの?」
これ、と言いながら胃薬の箱を振る母に『まぁな』とのらくらな返事。
幽助は、結局あの胃薬に金を払った。きちんとレジを通して購入した。
店員には微妙な顔をされたのだが、あんなやり取りをした後に盗む気にはなれなかったのだ。
外箱のへこんだ部分に責められているような、あの居たたまれない感覚。これまで失っていた、業に苛まれる人間らしい心。
それらが幽助に代金を支払わせた。
温子から返されたレシートに印刷された商品名の文字……ごくごく当たり前の事をしてこなかった自分が、どうしようもないくらい小さく感じられて。
「これからは、フツーに買う」
「ふーん、そう?」
今は目の前にいる母にしか届かない宣言が、いつか彼女に対しても堂々と出来るようになりたい。
漠然と、そんな風に思っていた。