この蒼空(そら)の彼方、響け金糸雀の唄


□第7話
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 真莉亜との“デェト”の翌日、幽助は始業時間前に登校していた。

 昨日はといえば、結局公園のベンチで弁当を食べ終わった後そのまま解散という流れだった。真莉亜が午後から仕事だと言ったからだ。
 元々早退する前提での登校だったらしい。
 今にして思えば、彼女があれほどあっさり幽助の誘いに乗ったのも、それがあったからなのかもしれない。そうでなければ、人付き合いの希薄な真莉亜はさらりとかわしていただろう。
 真莉亜にとっての幽助の存在など、今はまだそんなものだ。それが変わる事があるのだとすれば……

(オレが変えたいと思った時、ってか)

 そんないつになく前向きな心構えで、幽助は校門を抜けた。

 学校の敷地内に入ってまず目に付いたのは、ある意味昨日のデジャヴとも呼べる光景だった。
 真莉亜と桑原だ。向かい合って何か話してる。
 異色の取り合わせであるその二人は、幽助以外の生徒達からも注目を浴びていた。好奇にも似た奇妙な眼差しの数々に居心地の悪さを感じているのか、桑原はどこか緊張した面持ちのようにも見える。
 彼の舎弟三人組もまた、何とも形容し難い複雑そうな顔をしていた。
 そんな微妙な空気の中、真莉亜が桑原に対して軽く頭を下げる。

「昨日はごめんなさい。突然逃げるようなマネをしてしまって……」
「いやいやいや、ちょっ、待ってくれって! 別に謝ってもらうほどのことじゃないッスから」
「でも、驚かせてしまったでしょう?」
「そりゃまぁ、少しは……あ、いや……」
「……ごめんなさい」
「いやだから、ホントにもういいッスって」

 美人に下手に出られてどぎまぎしている桑原もさることながら、真莉亜のしおらしさも如何なものか。なんだか幽助に対する態度とずいぶん異なるように感じる。
 いや、おそらく幽助だけではない。他の誰に対しても、彼女は淡白で素っ気ないのがデフォルトだったと思われる。なのに何故桑原にはああなのだろう?
 そういえば、昨日真莉亜は言っていた。『桑原が父親に似ていた』と。
 桑原に対してどこか物腰穏やかな風なのは、それが理由なのだろうか?
 だとしてもなんだか面白くなくて、そっと近づいた桑原の尻に悔し紛れの蹴りをお見舞いしてやる。するとデカい図体は小気味良く跳ね上がった。

「い、っづー……テメェ浦飯! 何しやがるこの野郎!」
「朝っぱらからデレデレしてんじゃねーよ。唯でさえ気色悪ぃ顔が更に酷ぇことになってるぜ」
「ンだと〜〜!?」
「あぁもう桑原さん!」
「やめましょうよ朝からケンカは」
「ほら、もうすぐチャイム鳴りますし。また遅刻しますよ」

 一触即発の雰囲気に危うさを感じ取った沢村らは、巨漢の大将を引きずるようにして校舎内に連れていく。空気の読める出来た舎弟達だ。ここは素直に感心しておきたいところである。
 そんなドタバタ劇を繰り広げる桑原軍団を、真莉亜は眺め続けていた。幽助に目を向けたのはしばらくしてからのこと。
 桑原が去って散るかと思われた視線は、入れ替わりにやってきた幽助と真莉亜とのやはり異色な組み合わせに注がれたままで。

「……よう」
「おはよう」

 挨拶を交わしただけなのにざわめかれる始末。互いの存在が対極の位置に置かれている事実を、改めて突きつけられた。
 だがもう二人はそんなことを意に介しはしない。
 少なくとも幽助は、気にするのをやめた。周りの声に反し、もっと彼女を知りたいという気持ちが肥大化してきたからだ。

 さらりと髪をなびかせて昇降口方面に向かう真莉亜に続く形で、幽助も歩き出す。
 だがその進行を遮るようにひとつの影が立ちふさがった。

「ふん、貴様が朝から顔を見せるとはな」

 教師の岩本だ。幽助を疎んじ、何かとケチをつけてくる天敵とも呼べる存在。
 嫌悪感を顕に不快の表情を引きつらせる岩本は、眼鏡の奥から幽助と真莉亜を交互に睨みつけてくる。

「白凪も一緒か……丁度いい。話がある、二人共職員室に来い」
「あ? 今からかよ? 朝っぱらから説教とは、仕事熱心なこって」
「教師に向かってその口の利き方はなんだ!」
「……先生、もうすぐ朝のホームルームが始まるんですが」
「構わん。担任の先生には私から話しておく。着いてこい」

 一方的に決定を押しつけ、岩本は身を翻す。

「どうするよ?」
「行くしかないでしょう」
「オレはいつものことだけど、なんでアンタまで?」
「だいたい察しはついてるわ」
「それってどういう意味……」
「何をしている、さっさと来い!」

 心当たりを仄めかす真莉亜の答えを待たずに怒号が飛び、仕方なく声に従うことにする。

「……行けばわかるわよ」

 ため息混じりの返事は、どこか気怠げに感じられた。
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