この蒼空(そら)の彼方、響け金糸雀の唄


□第8話
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 約束の日曜日、午前九時五十分。
 幽助は、来るかどうかもわからない待ち人を迎えんがため公園のベンチに陣取っていた。あの日、真莉亜と弁当を食べたあのベンチだ。
 “あの公園”としか告げなかったが、この場所を指しているのは暗黙の了解として伝わっているだろう。
 ただ理解したからといって現れるかといえばそれは別問題である。あの時、真莉亜ははっきりと不快感を示していた。
 それでも幽助は真莉亜を待つ。

 時刻は午前九時五十五分。辺りを見渡しても、待ち人の姿は無い。
 ……来るだろうか? それとも来ないだろうか?
 どちらの可能性が高いのかと訊ねられれば圧倒的に後者。そもそも一方的に突きつけた約束だ。律儀に守る義理は、真莉亜には無い。
 それでも幽助は待った。

 午前十時。ついに約束の時間。
 待ち人、未だ来ず。ちらほらと親子連れの声が賑わい始めた。
 健康的なスポットである公園に自分。タバコこそ吸っていないものの、その明らかな場違いさに幽助は居心地の悪さを覚える。

(やっぱ来ねぇかなー)

 わずかな期待に賭けてみたものの、やはり望みが薄すぎたらしい。五分が過ぎ、十分が過ぎ……十五分が過ぎた頃には、さすがに気持ちが諦めに傾いてきていた。
 普段から人を待たせることはあっても、待たされるのは初めての幽助だ。こういう時、いつまで待つべきなのかがよくわからない。
 とりあえずもう少し、もう少しと。自分でも意外なほどに粘り続け、気がつけば時計の針が十時三十分を指すまでになっていた。

(……ダメか)

 ここいらが潮時か、と幽助は自身に引導を渡す。ため息混じりに腰を上げようとした、その時だ。

「呆れた……本当に居るなんて」

 背後から透明な声が投げ掛けられた。驚いて振り返ると、そこには黒髪を風に遊ばせる細いシルエット。
 真莉亜だ。初めて出逢った日と同じ黒いワンピース姿で、胸にはあの紅い石を光らせて佇んでいる。

「なに、そのカオ」
「や……来ると思わなかったもんだから」
「自分で呼び出しておいて?」
「だってアンタ怒ってたろ」
「強引だった自覚はあるのね」
「遅刻だぜ」
「今回の場合、私に時間を守る義理は無いわ」
「けど来たんだな」
「一応覗いてみただけよ。三十分も過ぎればもう居ないと思っていたけど……」
「居たな」
「居たわね」

 頭痛でも堪えるかのような表情で、真莉亜は幽助の隣に腰掛けた。

「ずいぶん物好きなのね、貴方」
「っつーと?」
「私の領域(テリトリー)にここまで踏み込んできた人は初めてよ」
「へぇ、オレ大快挙じゃん」
「褒めてないわ」
「だろうな」

 ははっ、と乾いた笑いを零してみせれば、咎めの眼差しに射貫かれる。やはり無理矢理なやり方で機嫌を損ねたか。
 しかし真莉亜は特に幽助を責めることは無く、本当にただただ呆れているような顔つきだ。

「迷惑だったか?」
「迷惑じゃないと思ってたのかしら?」
「思ってません。すんません」
「心込もってないわね」
「そりゃおかしいな、こんなにハンセーしてんのに」
「はぁ……もういいわ」

 怒るだけ馬鹿馬鹿しいから、と真莉亜はなびく黒髪を背に流す。ぞんざいな仕種なのに画になるその振る舞いに、光の中で注目を浴びる彼女との格差を感じさせられた気がした。
 わかりやすいため息をつきながら、真莉亜はしなやかに立ち上がる。

「もてなしなんかしないわよ」
「……へ?」

 予想外の展開に、幽助はおかしな声を発してしまった。

「マジ? 連れてってくれんの?」
「このまま解散でも私は一向に構わないけど」
「行く、行きます。けどなんでまた? ぜってー断られると思ってたのに」
「放っておいたら尾行とかされそうだし」
「ストーカー扱いか!」
「今の貴方は似たようなものよ」
「ひでぇなオイ」

 ともあれ目的は果たせるのだ。文句は言うまい。
 幽助もまたすっくと立ち上がり、二人は穏やかな明るさに包まれた日曜日の公園を後にした。
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