この蒼空(そら)の彼方、響け金糸雀の唄


□第9話
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「おっせぇぞ」
「仕方ないでしょう。貴方と違って私は授業に出てるのだから」

 昼休みの屋上だ。
 あらかじめ真莉亜とここで会う約束を取りつけていた幽助は、片手で軽く弁当を振りながら待ち人を出迎えた。
 そんな待ち人の手にも巾着袋が下げられている。中身は幽助のものと同じく弁当である。

「今日こそは焦げてねぇだろうな」
「焦げてたって食べられればいいのよ」
「上達しなきゃ毎日やる意味無ェだろ。向上心を持て向上心を」
「貴方にだけは言われたくない言葉ね」
「うっせぇ」

 軽口を叩き合いながら地べたに広げる昼食は、ようやく涼しくなり始めた秋風と共に食欲を掻き立てていた。

 真莉亜の自宅を訪れて以来、幽助は彼女と共に昼休みを過ごすようになった。真莉亜の料理の腕前の伸びを確認する為だ。
 互いに自作の弁当を持ち合い、味比べをする。幽助は真莉亜の弁当の出来を評し、真莉亜は幽助の弁当で味付けを学ぶのだ。
 一見奇妙な関係性に思えるのだがこれが案外上手くいっており、交流は持続している。
 おかげで幽助の出席も皆勤だ。ただしあくまで登校については、の話だが。

「貴方もたまには授業に出たら?」
「かったりィ」
「何しに来てるのよ」
「メシ食いに?」
「不良というよりダメ人間ね」
「どーせダメ人間ですよー」

 朝から昼まで屋上で時間を潰し、昼休みが終わったら下校する日々。それが悪くないものだと思えるのは、単に学業を避けて日がな一日ぼんやりと過ごすことに味を占めたからではない。
 真莉亜と過ごすこの昼食の時間が、楽しみなものになっていたからだ。
 誰かと食事をすることが、その中で交わされる他愛ない会話が、こんなにも心を踊らせるものだと知った。母とも雪村家とも違う何かが、彼女との間にはある。
 それこそが、昼食の為だけに幽助に学校へ足を運ばせている原動力なのだ。

「おっ、ちゃんと黄色いじゃん、玉子焼き」
「私、やれば出来る子だから」
「自分で言うかよ」
「いいじゃない、誰も言ってくれないんだから」

 出逢ったばかりの頃に比べると、真莉亜の幽助に対する口数も増えた。内容にも幾らかの親しみが増している……ような気がする。
 端から見れば微々たる変化でしかないようなことが、幽助にとっては着実な一歩に思えた。
 ささやかな喜びと共に、真莉亜の玉子焼きを噛みしめる。

「うん、まぁまぁだな」
「それはどうも」
「意外だな。オレが強引にやらせたようなモンだし、すぐ飽きるかと思ってたぜ」
「貴方、自覚だけはしてるのよね」

 そういう意味ではお互い様よ、と嘯いているのか容認されているのかわからない返しもご愛嬌と呼べる程度には彼女に近づけた。と、少なくとも幽助は思っている。

「とりあえず合格ラインってとこか」
「そう」
「なんだよ、冷めてんな」
「普通よ。でも……」

 箸を止めた真莉亜が、自身の弁当に目を落とした。

「これなら“(うち)”に持って行っても良さそうね」
「ウチ?」

『“家”に持って“行く”』
 日本語としてなにやらおかしなその表現に、幽助は思わず聞き返す。

(うち)で作ってきたんだろーが」
(いえ)で作ってきたのよ」
「同じだろ」
「私にとっては違うの」
「意味わかんねぇ」

 (うち)(いえ)。ただのニュアンスの差でしかないように思えるが、そこにどのようなこだわりがあるのか。
 説明を促す幽助に対して明らかに言いたくなさげな様子の真莉亜だが、短い付き合いの中で幽助が退かないことを知ったのか、苦い顔をしながらも口を開いた。

「“(うち)”っていうのは、昔私が居た養護施設のことよ」

 その単語を耳にした瞬間、幽助の好奇心を真莉亜の棘が苛む。同時に、自分達を纏う空気がわずかに重くなったのを感じた。
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