この蒼空(そら)の彼方、響け金糸雀の唄


□第10話
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「おや真莉亜、よく来たね」
「ご無沙汰してます、園長」

 出迎えてくれたのは年配の女性だった。年の頃は5、60代くらいだろうか。穏やかな面持ちの品のある人物だ。
 心なしか、真莉亜の雰囲気も柔らかくなったように思う。
 老園長は幽助に気づくと軽く首を傾げ、目元の皺をやや深めた。

「そちらは?」
「ただのオマケです。お気になさらず」
「ってオイ!」
「だってそうじゃない」
「せめてツレ扱いしろ!」
「無理矢理ついてきたんでしょう」

 しおらしくなったと思ったらこれだ。家の中と外で顔を使い分けるタイプの人間か。だとしても、普通は逆だろうに。
 いっそ清々しいほどのつっけんどんぶりが、彼女から人を遠ざけているのだろう。それは真莉亜自身にとっては何の不都合も無いようだが。

「あらあら、真莉亜がお友達を連れてくるなんて」

 一連のやり取りを見て嬉しそうに頬を緩めたこの園長にとっては、やはり心配の種となっているらしい。ふわりと和みを帯びた表情に、普段の彼女に対する保護者としての懸念が垣間見えた。

「こんなこと初めてね」
「友達じゃありません」
「いいだろそこは。わざわざ訂正しなくても」
「関係性は正しく伝えないと」
「変なトコばっか細かいよな、アンタ」
「気に入らないならどうぞお帰りを」
「わーったわーった、オマケ1号でいいから」

 機嫌を損ねられたら本当に追い返されそうなので、とりあえずここは折れておく。そんな様子に安堵したのか、園長はくすくすと笑った。

「まぁ元気なオマケさんだこと」
「ども。浦飯幽助っつーもんです」
「ようこそいらっしゃいました。ここの園長の三田村といいます」

 行儀良く頭を下げられ、これはどうもとこちらも返す。形式的な挨拶を終えると、三田村は園内へと招き入れてくれた。

 こういった施設に入るのはもちろん初めてだが、下駄箱や本棚の背が低かったり、壁にポップなペイントが施してあったり……あらゆるものが子どもに合わせた造りになっている。
 なんとなく幼稚園に似ている気がした。

「たいしたおもてなしも出来ませんが……」
「あ、いやどーもお構い無く」

 そのうちの一室に通され、出された緑茶を啜りながら辺りを見回してみる。
 外観から受けるイメージに違わず、内装もやはり古めかしい。ボロとまでは言わないが、質素な感は否めない。
 少なくとも、経済的な余裕があるようには見受けられなかった。
 あまりじろじろ眺めるのも失礼かと思い、向き直って再び緑茶を一口。そんな幽助の落ち着きの無さを見透かしたような三田村は、朗らかさを保ちつつも微かに眉を下げた。

「ごめんなさいね、こんな場所で」
「あ、いや別に……」
「応接室も一応あるのだけど、この子が嫌がるものだから」
「嫌がっている訳じゃありません。ただこちらの方が良いだけです」

 真莉亜はここを“(うち)”と呼んだ。ここで育ったのだ。応接室のようなかしこまった場所より、子ども部屋風のこちらの方が馴染み深いのだろう。
 幼い彼女も、どのように日々を過ごしていたのかも、今の幽助にはまだ想像が出来ないが。
 例えば、部屋の隅に置かれた古いピアノ。あれを遊具の一つとして扱っていた時分が真莉亜にもあったのだろうか……

 真莉亜にとっては勝手知ったるhomeでも、幽助にとっては未知の領域なのだった。
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