この蒼空(そら)の彼方、響け金糸雀の唄
□第10話
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持てない間を埋める園長の世間話は会話と言うにはややコミュニケーションに乏しく、けれど不思議と気まずさは無い。それはきっと、彼女が心から楽しそうに話しているからだろう。
真莉亜が連れを伴って訪れたことがよほど嬉しかったのだろうか、やれ学校での真莉亜はどうだ、知り合ったきっかけは何だと思わぬ質問攻めだ。おそらく普段から園外での出来事を語ったりしないのであろうことは容易に想像がついた。
応えられる解答をさほど持ち合わせていない幽助だったが笑顔の老婦人をがっかりさせるのはあまりにも忍びなく、可能な限り応答することに。当の真莉亜本人はといえばさも気怠げにお茶を啜るばかりで、なんとなく納得はいかなかったが。
「無愛想で歯に衣着せない子だから、ご迷惑をお掛けしていないといいのだけど……」
「や、もうだいぶ慣れたんで」
「迷惑掛けられてるのはむしろこちらなのだけど」
「またお前はそんなことを言って……」
「だって本当のことだもの」
園長のため息からして、どうやら昔から他人に対してはこの調子らしい。ならば保護者的立場として彼女が真莉亜を心配するのも無理からぬことだ。
思えば幽助にも友と呼べるような相手はほとんどいない。せいぜいあの口うるさい幼なじみくらいのものか。
温子も心の中ではこんな風に自分を気に掛けたりしているのだろうか?
(……いや、無いな)
あの自堕落な母親に限ってそれは無い、うん。
そう思いつつも、楽しそうな目の前の園長の様子に『じゃあ今度は逆にコイツをウチに連れてってみるか』などと考えていた。……来てくれるかはともかくとして。
そんな報告めいた会話も途切れがちになった頃、元気な複数の足音がぱたぱたと廊下に響く。誰だと訊ねる間も無くドアが開けられ、そのけたたましさで室内の色味が一気に活気づいた。
「あーっ、やっぱり真莉亜ねぇちゃんだ!」
「来てたんだぁ」
「久しぶりだね、おねぇちゃん」
賑やかに飛び込んできたのは三人の子ども達だ。年の頃は幼児から小学生までばらばら。みな笑顔で真莉亜の周りに集まっていく。
「ねぇちゃん最近ちっとも来ないからつまんなかったぜ」
「そうだよ。この前も、その前のお休みも帰ってきてくれなかったじゃん」
「もっと遊びに来てよ〜」
「ごめんなさいね、近頃仕事も増えてきたから……」
じゃれる子ども達の頭を撫でながら宥める真莉亜は、これまで見たことのない表情をしていた。心からこの子らを愛おしむような……そう、まさに慈愛に満ちた表情。
(……なんだ、こんなカオも出来るんじゃねぇか)
おそらくこの施設で暮らしている子ども達なのだろう。ならばここを“家”と呼ぶ真莉亜にとっては“家族”となる存在だ。
彼女にも、ちゃんと気を許せる家族がいた。ただそれだけのことなのに、幽助に不思議な安堵感が生まれる。
「こらこらあなた達、お客様の前ですよ。静かになさい」
「えーっ? ねぇちゃんと遊ぼうと思ったのに」
「ねぇ先生、この人だぁれ?」
「真莉亜のお友達の……」
「友達じゃありません」
「へいへい、オマケ1号の浦飯幽助デス」
「ウラメシ……ユウスケ?」
「ヘンな名前〜」
「こら、失礼でしょう!」
「あ、いいッスよ別に。よく言われるんで」
客人の来訪が珍しいのか子ども達の興味は幽助に移り、小さな無邪気の嵐に取り囲まれた。
「なぁなぁ、その頭なんだ?」
「ホント、ぴちーってしてる。おもしろーい」
「ンだよ、ポマードも知れねぇのか?」
「普通知らないでしょう、子どもがそんなもの」
「ぽまーど?」
「またヘンな名前〜」
「触ってもいい?」
「いいぜ、ほら」
腰を折って頭を差し出してやれば、三方から伸びてくる幼い手。和気あいあいとした雰囲気に呑まれるのも悪くないと、気合いを入れてセットした髪が乱れるのを甘んじて受け入れる。
これが家族の色。これが家族の温度。
幽助が感じたことの無い、あたたかな……
――いや、遠い昔にはあったのかもしれない。
まだ幽助がこの子らくらいの時分には、温子も今よりは母親らしいことをしてくれていた。家の中は相変わらず散らかり放題だったが、温かい食事を用意してくれた。照れ臭くて嫌がってしまったが、スキンシップも多かった。
螢子の両親もそうだ。幽助を実の息子同然に可愛がってくれたし、悪名轟くようになってからも気にすること無く今なお変わらぬ付き合いをしてくれている。
居場所はちゃんとあったのだ。家族はちゃんとあったのだ。
遠ざけたのは、自分自身。故に惹かれた、似ているようで違う鏡合わせの真莉亜。
今この瞬間の居心地の良さは、ある種の必然だったのだ。