神の子ども達
□第1話
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……緑の気配がする……
「……あ、気がついた?」
最初に飛び込んできた景色は女の顔だった。透き通る青銀の髪と、アメジストを思わせる紫の瞳。
その向こうに揺れる樹々の葉を見て、自分が横たわっているのだと理解した。
思考停止、二秒――のち、思考再開。
……しかし何も浮かばない。わからない。
「……ここ、は?」
「“精霊の森”よ。ヴェルダン西部の」
「せいれいの、もり……」
地名を聞いてもピンと来ない。
いや、そもそも。
「……わたし、“何”だっけ……?」
「何って……何人、ということ? さあ、私にもわからないわ。倒れていた貴女を見つけたのは、つい今し方のことだもの」
倒れていた……そうか、倒れていたのか。道理で頭が重い訳だ。
覚醒しきらない意識の中、取りあえず半身を起こす。『無理しないで』と言いながら、女は手を伸ばしてこの身を支えてくれた。
「貴女、どこから来たの? この森には地元の人間ですら滅多に近づかないのよ」
「どうして?」
「いろいろ言い伝えがあるから。物騒なものも、ね」
「……もったいない。こんなにチカラが溢れている場所なのに」
何もわからない。思い出せない。
けれど何故だかソレはわかった。この森には、生命力が満ちている。人があまり踏み入らないことで自然が息づいているからなのか、元来の磁場的なものなのかは不明だが、チカラの鼓動を強く感じたのだ。
その呼称が“魔力”であるということに至るのも、そう時間は掛からない。……私は、魔法使いだったのだろうか?
「大丈夫? なんだかぼーっとしてるみたいだけど……」
「だい、じょうぶ……うん、たぶん大丈夫……だと思う」
「そう。怪我も無さそうだし、良かったわ。あ、私はディアドラよ。貴女は?」
「なまえ……私の名前は……」
名前。そのモノを表すもの。
不思議と、それはすぐに浮かんだ。
「……ルミナス」
「ルミナス……可愛い名前ね」
「でもあとはわからない」
「え?」
「覚えてないの。何も、わからない」
「それって、記憶喪失……ってこと?」
「この現象にも名前があるなら、たぶんそう」
「たぶんって……大変じゃない! どうしよう……マーファの子かしら? それともヴェルダン城下の子?」
「違う」
「え? 『違う』って、この国に住んでいるのではないの?」
「住んでない、と思う。上手く言えないけど……もっと別の、遠いどこかから来た……気がする」
「遠いどこか……」
曖昧すぎる応えにどう対処すべきか戸惑ったのか、ディアドラは眉尻を下げて言葉を失ってしまった。記憶を喪失した当人よりも、現実の受け止め方がずっと重い。
ルミナスとしては、住み処よりも引っ掛かっていることがあるのだが。
「私、何かしなくてはならないことがあった気がする」
「その為にどこかへ行く途中だった……ということ?」
「わからない」
「あ、そうよね。ごめんなさい」
「謝らなくてもいい。それに……」
ルミナスは、ディアドラを見る。
――彼女から離れてはいけない。本能が、そう告げていた。
(ここで倒れていたのは、偶然? それとも……)
宿命の必然か。
ともあれ、どのみち行く当ても帰る場所も無い。あるのは“ディアドラ”という名の直感的な手掛かりだけ。
「とにかく一度落ち着きましょう。私、この先の小屋で暮らしているの。一緒にいらっしゃい。お茶でも飲んで少し休みましょう」
だから、彼女がそう申し出てくれたのは都合が良くて。
(あるいはこれも……)
必然、なのか?
「どうかした?」
「いえ、なんでも……ではお言葉に甘えて」
「ええ。それじゃあ、行きましょう」
いずれにせよ、今はその流れに逆らうべきではない。ルミナスは立ち上がり、ディアドラと連れ立って歩き出すのだった。