神の子ども達


□第2話
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 ディアドラと暮らし始めて早一ヶ月――

 ルミナスは、彼女の生活スタイルを少しずつ把握し始めていた。
 ディアドラは一日の大半を小屋の周辺で過ごしている。織物や読書、小さな野菜畑の世話などをしながら慎ましやかな生活を送っていた。
 時折、森の奥に入っては木の実などを取ってくる。図鑑無しでも食べられるものと食べられないものの区別がつき、ルミナスもそれを教わって食料集めを手伝うようになっていった。
 十日に一度ほど、ディアドラはマーファの街に出向く。その際に馴染みの道具屋に織物を売って、代わりに必要な日用品などを購入するのだ。母親を亡くして以降、彼女はずっと一人でそうして生計を立てていたらしい。
 後から聞いた話だが、行き倒れていたルミナスを発見したのも、たまたま街に赴いた日の帰り道だったのだという。それが互いにとって幸であったのか不幸であったのか、ルミナスはまだ判断しきれずにいる。


†††


 その日も二人はマーファを訪れていた。
 紙袋の中にはパンと茶葉。賑わう街並みを尻目に、やはりディアドラは用が済んだら早々に帰ろうとする。

「ディアドラは、どうしてあの森で暮らしているんです?」
「え……なんで?」
「いえ。森から街まで下りてくるの、大変じゃありません?」
「もう慣れたわ。昔からそうしてるから」
「街に住もうとは思わないのですか?」
「…………」

 その方が便利な筈なのに頑なに森から出ようとしないディアドラが、ルミナスには不思議だった。
 それについて訊ねると、彼女は目を伏せる。哀しそうというよりどこか後ろ暗そうなその様子に、なんだか申し訳なさが込み上げた。失言だったのだろうか。

「ごめんなさい。聞いてはダメでしたか?」
「ううん、そうじゃないの。ただ、ね……そんな御大層な理由がある訳じゃないのよ」

 ルミナスが肩を落としたことに気づいたディアドラは、すぐさま笑顔を繕う。なんとなく無理しているようにも見えた。

「母様の遺言なの」
「遺言?」
「ええ」

『森から離れて暮らしてはいけない』
『ヴェルダン国内から出てはいけない』
『グランベル人に近づいてはいけない』
『グランベルの貴族を愛してはいけない』
 それが、ディアドラが母・シギュンから繰り返し聞かされてきた言葉なのだという。

「おかしな話よね。そもそも貴族の方とお近づきになる機会なんて、そうあるものではないのに」

 ころころと笑いながらも、彼女は律儀に母親の言いつけを守っている。そこには何かもっと特別な意味が込められているのだろう。
 その時、動悸がひとつ。
 ルミナスもまた強く思ったのだ。この遺言は、守られなければならないのだと……――



「きゃっ」

 そんなやり取りをしながらの道中、占い屋の角を曲がった所でディアドラが白い影と衝突する。

「ディアドラ!?」
「だ、大丈夫よ。驚いただけ。すみません、怪我はありませんか?」
「いえ……こちらこそ、ごめんなさい。急いでいたものですから」

 影の正体はローブ姿の人間だ。深くフードを被って顔を隠しているが、細いシルエットと鈴を鳴らしたような声音はその人物が女性であることを表している。
 からん、と音がしてルミナスの足元に杖が転がった。ぶつかった拍子に女性が落としたらしい。
 拾い上げると、澄んだ水のような癒しの力の波動を感じる。

「……リライブ?」
「ええ、そうです。触れただけなのによくわかりましたね」

 リライブ――ディアドラの家の本棚にあった魔道書に載っていたので、知識としてはある。回復魔法の力を秘めた杖で、ランクとしては中級。専門の学問を修めていなければ扱うことは出来ず、素人には杖の種類を見分けることさえ難しいとされている。
 ルミナスが実際に触れたのは初めてのことだ。もちろん、記憶の限りでの話だが。
 しかし知らない筈なのに、覚えていない筈なのに、杖の名を言い当てた。口を突いて“リライブ”の名が出たのは無意識のことだ。

(私は……どうしてわかったの?)

 記憶を失う前の自分は、僧職に縁があったのだろうか?
 女性に杖を返しながら、ルミナスは霧が掛かったままの心に妙な引っ掛かりを覚えていた。
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