神の子ども達
□第4話
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アイラが案内してくれたのは、市場の方面だった。
「今日は週に一度のマーケットなんだって」
シャナンがそう教えてくれる。確かにその規模に違わぬ賑わいぶりで、とても戦火に晒される瀬戸際とは思えない盛り上がりを見せていた。
「戦いが続いていたからな。気晴らしにマーケットを回ってくるとシグルド殿は言っていた」
「シグルド様は、ヴェルダンを侵略しに来た訳ではないのですよね?」
「ああ、連れ去られた公女を救出しに来ただけだと。……もっとも、本国の意向がどうかまではわからぬがな」
とりあえず本人にその気が無いことが知れただけでも良しとするべきか。
活気のあるその通りを、三人で連れ立って歩く。右を見れば毛皮、左を見れば装飾品。また右を見れば織物用の糸、左を見れば木彫り細工。
目移りしてしまう品揃えだ。
(こんな時でなければ楽しめたのに……)
惜しい気持ちが込み上げる。
シャナンは純粋に面白がって眺めているようだったが、アイラは決して気を抜く様子も無く周囲に注意を払っていた。自分達の安全の為だろう。
(親の心子知らず、って感じですね)
関係性はどうあれ、アイラがシャナンの身を第一に考えていることがはっきりと窺える光景だった。
しばらく行くと、人だかりが出来ていた。見世物の見物客にしては小さく、井戸端会議にしては大きい。しかも男性ばかりだ。
近づいてみて、その現象を理解する。
「良いじゃねぇか、堅いコト言うなよ」
「オレ達と仲良く遊ぼうぜ」
どうやら軟派な連中が羽目を外しているようだ。つくづく野蛮な男の多い国だとうんざりしてしまう。
アイラが一歩、踏み出した。彼女の正義感はこれを黙って見過ごしたりはしない。
ところが二歩目でその足がはたと止まった。どうしたのかと前方を見やれば、輪の中に新しい男の姿がある。
「やめないか。嫌がってるだろう」
青い髪をした青年だ。はっきりとは見えないが、絡まれた女性を助けようとしているらしい。なにやら言葉を交わしている。
アイラはそれを黙って見ていた。
シャナンがルミナスの袖を軽く引っ張り、耳打ちをする。
「シグルドだよ」
「え、あの方が?」
なるほど、それでアイラは成り行きを見守るに留めたのか。彼女は彼女で、シグルドを見定めなければならない理由があるようだった。そういう意味では、ルミナスにとっても収穫があったと言えるかもしれない。
シグルドと男達は幾らかの言葉を交わし、やがて男達は散っていく。後に残ったのは、精悍な騎士と彼に頭を下げる銀髪の女だった。
(……ん?)
銀髪の、女?
「ディアドラ!?」
「え、もしかしてルミナスの連れってあの人?」
「……はい」
奇しくもそれはルミナスの捜し人。
何という偶然か。しかしこれはあまり宜しくない展開だ。
(こんな事があれば、ますますディアドラが運命とか感じちゃうじゃないですか!)
夢見るお年頃なのか、あるいは閉鎖的な暮らしをしてきた反動なのか、ディアドラは伝奇な出来事に弱い部分がある。唯でさえ話で聞いただけのシグルドに惹かれていたのに、恋に落ちるには充分過ぎる事象ではないか。
止めなくては。
……でも。
(止める?)
本当にそれでいいの?
だってディアドラはあんなに嬉しそうなカオをしている。焦がれていた人に出逢えて、至福を感じている。
それに、シグルド公子。見たところ悪い気配を纏っている風ではない。むしろ歪みの無い澄んだ目をしている。
グランベル人だからというだけで二人を引き離してしまう事が正しいのかどうか、彼らを見ているとわからなくなるのだ。
(だけど……っ)
シギュンの遺言には、きっと何か意味がある。ディアドラにグランベル貴族の子を産ませてはならないのだと、ルミナスの胸の奥からもそう叫んでいるのが聞こえてくる。
それが“何”の意思によるものか、ルミナスは知らない。
けれどそれでも思う。災いの歯車を回してはならないのだと。
ルミナスは意を決してそこへ歩み寄った。