神の子ども達


□第5話
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「そんな訳で、お手伝いに来ました」
「いや、そんな訳と言われても……」

 突然の幼子の訪問に、シグルドは困ったような顔でこめかみの辺りを軽く指で掻いた。

 マーファの北西に位置する海岸線。獣道にすらなっていない森の外れに、シグルド軍は陣取っていた。
 そこは森の出口とも呼べる場所で、騎兵中心で構成されたシグルド軍にとってやはり森の中での戦闘は避けたいのだろうとルミナスは予測する。
 だが、あまり良いとも言えない配置だ。

「こんな所に隊を固めていたら、ヴェルダン軍からは丸見えですよ。待ち伏せにもなりません」
「わかっているよ。しかし森の中に入れば、更にあちらが優勢になってしまうからね」

 ヴェルダン軍に残された兵力は限られている。ガンドルフ・キンボイス兄弟が敗れた今、ジャムカ率いる弓兵が主力となるだろう。
 ヴェルダンはその土地柄から狩猟を生業とする者が多い国だ。そして森の中というのは、その腕が存分に発揮される最高の舞台。
 迂闊に攻め込めば的になるだけ。それはルミナスも承知している。
 かといって、このまま攻めあぐねての睨み合いを続ける訳にもいかない。

「そこで私の出番です」
「いや、話が見えないんだが……」

 まぁ当然だろう。
 シグルドから見ればルミナスはただの民間人の子ども。“出番”などという戦術的協力はもとより、こうして戦場に赴くことすら避けさせるべき存在だ。
 だがルミナスは、自分がただの子どもでないことを知っている。いや、気づいている。
 記憶など無くとも、やるべきことを理解している。

「要は、先に王宮を落としてしまえばいいのです」

 今はまず、この戦局をくぐり抜けてシグルド軍に目的を果たさせること。その上で、ディアドラにシギュンの遺言を守らせ続けること。
 それを為さんと、ここへ来たのだ。

「グランベルにヴェルダン侵略の意志は無い。そうですよね?」
「もちろんだ。エーディンを無事に保護出来た今、争う理由も無い」
「ならばそれをバトゥ国王にお伝えすれば済む話です」
「事はそう単純な問題ではないよ」
「単純ですよ。民衆の立場からすれば、ね」

 お貴族様の事情など庶民の知ったことではない。そう暗に込めてやれば怒るかと思いきや、シグルドの反応は予想外に友好的なものだった。

「言い分は解るよ」

 子ども相手に真摯な向き合い方。

「ただ、面と向かってそれを私に言ってくる者はそうはいないがね。キミは面白いな」

 笑っている。この男、やはり一筋縄ではいかなそうだ。
 そして彼の背後に控える男もまた、別の意味でルミナスにとっての難所と言えそうだった。

「笑っている場合じゃないだろう」

 そうシグルドを諫めるのは彼の親友を名乗るダークブラウンの髪の騎士、レンスター王子・キュアンである。この軍に於いて唯一シグルドと対等に話せ、意見することが出来る無二の存在だ。
 そんな彼は、シグルドとは対照的に表情も口調も厳しく硬い。

「戦争は遊びじゃないんだ」
「心得ています」
「子どもを連れていく訳にはいかない」
「連れていけない理由はそれだけだというのなら、私にとっては問題ではありません」
「こちらが問題あるんだ」
「何故です?」
「……キミは子どもだが、それが解らないようには見えないが?」

 シグルドとは全く異なる切り口だが、むしろこちらが正攻法と呼べるだろう。
 レンスターは戦の多い国だ。土壌の豊かなマンスター地方を狙っている南のトラキア王国と、常に緊張状態にある。
 トラキアの竜騎士団は“戦場のハイエナ”とも呼ばれ、わずかな油断で死肉まで漁られるという恐るべき組織だ。
 まさに一触即発。
 そんな国内事情を幼い頃から肌で感じ、いずれは自身がそれを受け継ぐ立場にあるからこそ、キュアンは誰よりも戦争をシビアな目で見られるのだ。いや、そう成らざるを得ない環境で生きてきた。
 だからこそ、おそらくシグルドも彼の助言や戦術を頼もしく思い、重要視もしているのだろう。

 そしてそのキュアンが今、ぴしゃりとルミナスを拒絶する。戦に対する責任感が彼をそうさせるのだ。
 けれどルミナスとてここで退く訳にはいかない。

「子どもであろうと女であろうと、戦う理由がそこにあればそれはもう“戦士”です」
「…………」
「貴方にレンスターを守る理由があるように、シグルド様を助ける理由があるように、私にも……いま戦場に出なければならない理由がある」
「キミは、いったい……」
「ご理解して頂けなくても構いません。ですが私にその“理由”がある限り、ここで追い返されても私は戦場に立ちます」

 何故ならば。戦う理由を持つ者はそれを捨てない限り、何処に立っていたってそこが各々の“戦場”なのだから。ルミナスの場合は、それが本物の戦の現場だったというだけなのだから。

 ややあって、キュアンは苦虫を噛み潰したような顔でため息をついた。
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