神の子ども達
□第5話
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結局ルミナスは、帯同という形で軍と行動を共にすることが許された。
キュアンが折れてくれたのは、ルミナスに友好意思を示したシグルドが追い風となったからで。それは少々不本意だったのだが、目的を果たす為のとりあえずの道は確保出来たので良しとしておく。
斥候が戻り次第改めて作戦会議を開くということで、ルミナスは指揮官用の一際大きなテントを後にした。
外に出れば、グランベルの兵士達が物珍しそうにこちらを見てくる。子どもが戦に関わるのだから、当然と言えば当然か。
特にシグルドの脇を固めていた二人の騎士の内の一人――赤い鎧を纏った男は、生真面目そうな性格故か、思いきり眉をひそめていた。ルミナスの慇懃無礼な態度が気に障ったのかもしれない。
もう一人の緑の鎧の騎士はそうでもなかったのだが。
軍の動きが決まるまでどうするかとうろついていると、
「あら? 貴女、ルミナス?」
気品のある柔らかな声音が背後からルミナスを呼び止めた。
振り返ると、そこには華やかな金の髪に清潔感漂う白の法衣という、まさしく白衣の天使を絵に描いたような女性が立っている。マーファで出逢ったユングヴィの公女だ。
「エーディン……さま」
「ふふっ、エーディンでいいわ」
「良くないと思いますが」
「良いのよ、貴女は私の恩人だもの。それにそう呼んでくれた方が私も嬉しいわ」
なんだかお友達が出来たみたいで、と微笑む彼女は先日とは別人のようににこやかだった。清楚な雰囲気はそのままだが、なんとなく少女らしい無邪気さが覗いている。
「ではエーディン」
「はい」
「ずいぶん明るくなりましたね。それとも、それが本来の貴女なのでしょうか?」
「そうね……多分、そう」
そうして想いを馳せるように眼差しを向けるのは、傍らに従う線の細い騎士だ。控え目な佇まいでエーディンに付き添っているが、彼女を見つめる視線には熱いものが感じられた。
きっと彼がミデェールなのだろう。
「貴女の大切な人、ご無事だったようですね」
「ええ、お陰さまで」
「私は何もしていませんよ」
「いいえ。あの時、貴女は私に希望を与えてくれました。失いかけていた前を向いて歩く力を取り戻させてくれた……感謝しているわ、本当に」
笑顔のエーディンは本当に美しい。この聖女に心惹かれる男は、両の手指で数えても足りないに違いない。
「そうだわ、きちんと紹介しなくてはいけませんね。ミデェール、ほら話したでしょう? 彼女がマーファで出逢った子よ」
「そうですか……エーディン様を助けてくださったとの事で、私からも御礼申し上げます」
それを見事射止めた緑髪の騎士はさぞほくそ笑んでいるのかと思いきや、そういった心内は感じられなかった。ただただ純にエーディンを想い、慕っているのが見て取れる。
挨拶と共に会釈をされ、同じように返した。だが奥ゆかしさ故なのか、深い感謝こそ伝われどそれ以上何を言うでもなく。
あるいは騎士とはこういうものなのかもしれない。
ルミナスはエーディンに視線を戻す。
「片割れの方も見つかると良いですね」
「ええ、ありがとう。本当はずっと不安だったのだけど、今は貴女の予言があるから信じられるわ」
「私、占い師ではありませんよ? そんなに信用してしまって良いのですか?」
「だって功績があるんだもの」
笑いながら寄せられたエーディンの全幅の信頼は、彼女の意外な肝の強さを表している気がした。
「……あら、その杖は……?」
ふと、エーディンの目線がルミナスの手元に移る。プリーストである彼女は杖の魔力を敏感に察知し、物珍しげにしげしげと眺めてくる。
「サイレスという杖です」
「そんな高価なもの……ダメよ、気軽に持ち歩いたりしては」
「使う為に持ってきたんですよ」
「使う、ため……って、え? 貴女サイレスが使えるの?」
「ええ、多分」
「多分って……これは長年修行した僧職者でも簡単には扱えないのよ?」
それは知っている。老占い師にも聞いたし、ディアドラの小屋にあった書物でも読んだ。
だがルミナスには確信にも近い自負がある。そしてそれを為さねばならない啓示的使命感もある。
「ヴェルダン王宮には現在、怪しげな魔導士が滞在しているのだとか」
「占い屋のお爺さんから聞いたあの話ね。お優しかったバトゥ国王が変わられたのは、その魔導士が居着いてからなのだとか」
「暗黒魔導士かもしれません」
「暗黒魔導士って……まさかロプト教団の?」
古の時代、聖戦士達によって打ち倒された筈の悪しき存在。大司教ガレが興したロプト帝国の原初に当たる、当時の一大政権。
現在でも様々な国で地下活動を行い、暗躍しているという噂もある。現ユグドラル大陸の在り方に不満を持つ、暗黒神の信仰者達。
暗黒魔法の中には、一般的な精霊魔法とは異なる脅威的な力や、特殊な術があるという。もしもその能力を用いて、バトゥ王を思うままに操っているのであれば……
「捨て置く訳にはいきません」
ルミナスは、手にした杖をより強く握りしめた。