神の子ども達


□第6話
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 何て事は無い、と言えば語弊があるかもしれない。が、それは策としては実にシンプルなものだった。
 出撃したジャムカ王子率いる弓兵部隊を、シグルド軍の八割の兵力が森で迎え撃つ。指揮官はキュアンだ。シグルドがいないことを悟られぬよう、なるべく距離を取りながら時間稼ぎをする。
 そして肝心のシグルドはと言えば残る二割の精鋭部隊を率いて海岸線沿いに北上、ヴェルダン王宮へと直接攻め込む算段となっている。
 攻めると言っても、初めからバトゥ国王と戦う姿勢でいる訳ではない。あくまで交渉を持ち掛けることが目的だ。

 ルミナスもまた、それに同行していた。
 王宮には暗黒魔導士がいる。シグルド軍には対抗の術が無いが、ルミナスにはある。そして協力することでルミナスもまた目的を果たせる。
 これは相互利益による共同戦線なのだ。



「あれがヴェルダン王宮か」

 森の出口に差し掛かった辺りで、小隊長を務める赤い鎧の騎士がぽつりとそう零す。彼の相方的存在である緑の鎧の騎士は、その傍らで自慢のオシャレターバン(自称)を軽く巻き直した。

「こっからが本番だな。腕が鳴るぜ」
「あまり調子に乗るなよアレク。油断は禁物だ」
「わかってるってノイッシュ。なにせこの先には暗黒魔導士が控えてるんだからな」

 腰に下げた鉄の剣に手をやり、アレクは気を引き締める。ノイッシュは普段以上に強張った顔をしていた。
 後続の部隊を振り返り、二人は指揮官の指示を仰ぐ。

「シグルド様、如何致しましょう」

 王宮を見据えていたシグルドは、自身の背に捕まって共に騎乗するルミナスに視線を移した。その意図を汲んだルミナスは、問われるより先に答えを返す。

「この距離ではまだ魔力の波動が感じ取れません。件の暗黒魔導士に一度術を使わせるか、そうでなければもう少し詰める必要があります」
「他に方法は無いのか? 出来れば囮を使うような真似はしたくないのだが……」
「問題ありません。その役目を私がやれば済む話です」
「そんな訳にはいかない」
「何故です? それなら貴方の軍に被害は出ないでしょう?」
「そういう問題ではないだろう」
「ではこのまま突入しますか? 闇魔法には遠距離攻撃が可能な術も多い。確実に犠牲は増大しますよ」

 シグルドは苦虫を噛み潰したような渋面顔。子どもの議論になりつつある現状とその子どもの力を頼らねばならない実状とが、彼の頭を悩ませているのだ。
 シグルドは清廉な男だ。如何に家臣や部下であろうとも、戦果の為に駒扱いすることを嫌う。だからこそ今、葛藤している。
 ルミナスは彼のそんな部分を理解したからこそ、敢えて意地の悪い言い回しをしてみせたのだ。シグルドに恩を売っておけば、心置きなくグランベルにお帰り願えると思ったから。これ以上ディアドラに近づかぬよう釘を刺しやすいと思ったから。
 それが正しいやり方なのかどうかはルミナスにもわからない。少なくとも胸を張って真っ向とは言えない。

 だとしても、やらねばならない。
 シグルドに疎まれようと嫌われようと、ディアドラを外の世界に連れ出すものは排他せねばならないのだから。

 ルミナスは馬から降り、緑の隙間から王宮を見上げる。

「私が王宮に潜入して暗黒魔導士を対処します。それが完了したら合図を出しますから全部隊で突入してください」
「駄目だ、危険すぎる。そのような策は認められない」
「それが一番早い筈です。子どもは信用出来ませんか? それとも、ここまで連れてきておいて今更手を借りることに抵抗感が生まれましたか?」

 不躾に言ってのければ、シグルドはますます難しい顔つきになっていく。

「娘、先程からシグルド様に対して失礼だろう!」

 黙りこくった主君に代わって毒づいてばかりの少女に声を荒らげたのは、ノイッシュだ。生真面目を絵に描いたような実直な騎士に、この態度はお気に召さなかったらしい。当然と言えば当然の反応だろう。

「ノイッシュ」

 しかしそれを制止させたのは他でもないシグルドだった。首を横に振り、退くように促す。
 ノイッシュは納得いかない風でありながらも、主に従ってそれ以上は何も言わなかった。
 代わりにシグルド本人が下馬し、ルミナスを見つめてくる。

「キミは、何をそんなに焦っているんだ?」
「焦っている? ……私が、ですか?」

 馬鹿な。焦る必要などルミナスには無い。あるとすればむしろシグルド軍の方にだろう。
 だがもしそう見えるのであれば……

「私には、果たすべき使命があるんです」
「それは何なんだ?」
「貴方にお話しすることではありません。策に乗って頂けないのなら強行に出るまでです」

 憮然と言い放つと、ルミナスはそのまま徒歩で森を出てしまった。目隠しになっていた木々に姿を眩ましてもらえなくなり、海岸線の砂地を一人歩いていくこととなる。

「よせ、戻れルミナス!」

 シグルドが叫んだ時にはもう遅い。邪悪な魔力が王宮の方面で渦巻いていくのを感じ取れた。
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