守りたい 第四部


□第100話
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「……優梨がね、ずーっと元気無いの」

 屋台での一件から二日後、平日の昼下がり。自宅で起き抜けだった幽助の元を訪れた餓狼の少女は、しょぼくれた声でそう言った。

 あの日、蔵馬は幽助達に顔を見せないまま帰ってしまったので、取り残された優梨から話を聞いたのだ。蔵馬から別れを告げられた、と。
 まるで脱け殻のように放心してしまっていた彼女は涙も流さないまま、ぽつりぽつりと零すようにいきさつを説明していた。最初は口を閉ざしていた優梨からそれだけ引き出せたのは、聞き役に回った螢子が上手く会話を運んでくれたからだ。
 そんな優梨の様子に雛は終始戸惑いと哀しみを露にし、凍矢はまさか蔵馬がと驚愕し、そして幽助は込み上げる憤りに憎悪が混濁していることさえ感じていた。

「未だに信じられんな。蔵馬が優梨にそんなことを言うとは……」

 困惑を示したのは凍矢だ。蔵馬に会うことを目的として人間界へやって来た彼だが、あのような事態が起きて結局うやむやになってしまっている。
 煙鬼からの命を授かっているのでそのまま魔界へ帰る訳にもいかず、とりあえず一時的にだがこうして幽助の自宅へ身を寄せていた。

「そもそもの原因は何なんだ?」
「さあな。オレが知るかよ、くそっ」
「幽助、怒ってる?」
「別にオメーに怒ってる訳じゃねェよ」

 幽助が腹を立てているのはもちろん蔵馬に対してだ。
 幽助の知らぬ間に出逢い、幽助の居ない一年を共に過ごし、紆余曲折を経て想いを通じ合わせて――この結末。優梨を愛し、優梨に愛され。さんざん彼女を幸福の高みに昇らせておきながら、今になって捨てるというのか。

「ンなもん納得出来るワケねぇだろ!」

 がん、とテーブルに拳を叩きつければ、雛がびくりと肩を跳ねさせる。幽助、と凍矢にたしなめられて『悪ぃ』と小さく詫びた。
 それでも当然、苛立ちは収まらないが。

「その後、優梨は蔵馬と会ったのか?」

 なだめる口調で問い掛ける凍矢に、雛は俯いて首を横に振る。無理からぬことだろう。おそらくショックが大きいに違いない。
 しかしだからと言ってこのままにもしておけない。優梨の為だけではなく幽助自身の得心の為にも、もう一度蔵馬と話をする必要があるのだ。

「雛。今日の夕方、優梨を連れてもっかいここに来い」

 雛は『優梨を守る』との宣言通り、彼女と共に暮らしながら雛なりに火影に注意を払っていた。優梨の登下校に同行し、昼間は町内の地理を学びつつパトロールにも似た見廻りをしているという。
 今日ここを訪れたのも、その道すがらのことだった。優梨が下校する時刻になれば、また迎えに出向くだろう。

「連れて来てどうするつもりなんだ?」

 そう訊ねる凍矢もまた、この出来事の行く末を少なからず心配してくれている。自分の仕事がどうこうではなく、純粋に優梨を思ってのことだ。
 凍矢とさほど親しい間柄ではない幽助だが、その程度の理解はしている。それだけの付き合い方はしてきたのだから。

(アイツとも、そのつもり……だったんだけどな)

 いかに恋敵だったとはいえ、お互いのことは認めていた。理解もしていた。
 ……そのつもりだった。
 だが。

「蔵馬のヤツを問い質す」

 今は全くわからない。わからないなら聞くまでだ。これは二人だけの問題ではない。少なくとも幽助には関係無いと言わせるつもりは無い。

「このままにはしておけねェ」

 “優梨を守る”――幽助のその想いは、今でも変わってはいないのだから。
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