守りたい 第四部


□第102話
1ページ/4ページ

 螢子は走っていた。
 陽が落ちた冬の夕刻の暗がりを、桑原家に向かっていた。
 腕の中には、傷つき倒れた幼いぬくもり。螢子を守ろうと妖怪の男に立ち向かい、気を失った小さな守護者(ガーディアン)
 人間である螢子にこの子を助ける術は無い。雪菜の元へ連れて行くしかないのだ。
 その為に、とにかく全力で走っていた。

 ……悔しかった。何も出来ない自分が。守られてばかりの自分が。
 優梨のような戦う力も、静流のような鋭い霊感による危機察知能力も、自分には無い。ぼたんや雪菜のような傷を癒す力も無い。
 いつも、いつでも、誰かに助けられてばかり。こんなに小さな少女にさえ。

(雛ちゃん……!)

 だからこそ、今度は自分が助けなくては。絶対に死なせてはならない。
 螢子は雛を抱きかかえたまま、懸命に両足を動かし続けた。



 乱暴に何度もインターホンを押す。早く出てきてくれという意思表示だ。
 不躾だと承知してはいたが、一刻を争うこの状況でそんなことに構っている余裕は無かった。
 しばらくして玄関のドアが開く。その視界にこちらの姿を確認したリーゼントの大柄男は、普段は細い眼を大きく見開いた。

「雪村……と、雛ちゃん!? おい、いったい何があったんだよ!?」
「説明はあと! 雪菜ちゃん居る?」
「お、おお。とにかく入れ」

 許可を得て中へ駆け込む。靴を脱ぐのも煩わしい。脱ぎ捨てたそれを揃える暇も無い。
 飛び込んだ夕食時のリビングに彼女は居た。エプロンを身に纏い、箸を並べていた雪菜の手は螢子を見て止まる。というより、あまりの衝撃的な光景に全身が固まってしまったようだ。
 茫然としている雪菜に、息を切らしながら求める。

「雛ちゃんを……雛ちゃんを助けて! お願いっ」

 その叫びで覚醒した雪菜は螢子を二階へ導く。自身が宛がわれた部屋のベッドに雛を寝かせるよう促し、すぐさま治療を開始した。

「大丈夫です、それほど深い傷ではありません。命に別状は無いと思います」
「そう……よかった」
「ただ体力と妖気の消耗が激しいので、意識が回復するのは時間が掛かりそうです」
「……そう」
「ここは私一人で問題ありませんので……螢子さん」

 雪菜は目線で部屋の外を示す。そこには心配と困惑の入り交じった表情で様子を窺っている桑原が居た。
 突然押し掛けたのだから当然の反応だ。幽助にも報せなくては。螢子には説明義務がある。
 治癒に集中している雪菜に『お願いね』と囁き、邪魔をしないよう螢子はそっと退室した。



「何がどうなってるんだ?」

 再びリビングに場所を移し、事の次第を伝える。雛の無事を保証されて安心したのか、意外にも落ち着いて話すことが出来た。
 幽助と共に蔵馬を訪ねようとしたこと。その途中で泣いている雛に出会ったこと。雛を家まで送って行ったら男に襲われたこと。
 そして……

「優梨さんが拐われたわ」
「なんだってェ!?」

 あの後、男はあっさりと引き下がっていった。ただし、捕らえた優梨を連れて。
 元々、彼女を連れ去ることが目的のようだった。自分達はたまたまそこへ遭遇したに過ぎなかったのだろう。
 本当にただの偶然だった。だからこそ、みすみす見逃してしまったことが悔やまれる。助けるチャンスでもあったのだから。

「とにかく、この事を幽助と蔵馬さんに伝えないと」
「いや、けど蔵馬はよ……」
「蔵馬さんじゃなきゃ助けられないでしょう!?」

 現在の二人の関係性を憂慮して弱腰になる桑原を一喝し、螢子は食い下がる。

「蔵馬さんじゃなきゃダメなの。蔵馬さんが助けに行かなくちゃ、意味が無いのよ!」

 雛は優梨を助けたかった筈だ。けれどそれを差し置いて螢子を守ってくれた。
 ならば螢子が成すべきは、蔵馬を優梨救出に向かわせること。倒れた雛に代わって蔵馬を突き動かすことだ。

「何がなんでも助けるの。助けさせるの! いい加減、蔵馬さんにも目ぇ覚ましてもらわなきゃ」
「お、おい……雪村?」
「桑原くん、二人の居場所わかる?」
「そりゃまあ、妖気辿れば」
「案内して。今すぐに!」
「そ、それはもちろんだけどよ……」
「なに?」
「お前、目が据わってんぞ」
「怒ってるんだから当然でしょ!」
「あ……そ、そッスか」
「元はと言えば蔵馬さんがいけないのよ。いきなり別れるだなんて……筋が通ってないわ! そう思わない?」
「はぁ……そ、そッスね」
「えぇそうよ、絶対そう! やっぱり文句の一つも言ってやらなきゃ」

 そうと決まれば善は急げ。螢子は桑原の手を取る。

「さあ、行くわよ桑原くん!」
「は……ハイ」

 雛を預け、桑原を連れ出し、螢子は再度冬空の下に出た。
次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ