守りたい 番外編
□家族として
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温子は母親との仲は険悪だが、姪の優梨は可愛がっている。
『やぁっぱ女の子ってかわいいわよね〜。あたしも娘、産みたかったなぁ。でも当時は先立つものが、ねぇ。これは若さだけじゃなんともならないわ』
――そんな訳で、自分のお気に入りの店に幽助と優梨を連れて行くこともある。
†††
温子十九歳、幽助五歳、
そして優梨が六歳の時のこと。
「さぁココよ、あたしの行きつけのお店。今日は楽しみましょう!」
そこは、優梨には未知の領域だった。澪華や涼司とは来たことがない、不思議なお店。
「おばさま、ここどんなお店?」
「ここはね〜、"居酒屋"っていうのよ」
「"さけ"とか飲むところなんだぜ!」
ぽかんとした表情でのれんを見上げている優梨に、温子と幽助が説明する。
初めて来るどころか、その存在すら彼女は知らないだろう。
澪華は、外食はもっぱら料亭。もしくは高級レストランだ。それ以外はファミレスや喫茶店にも入らない。ファーストフードなどもってのほかだ。
「言っとくけどお酒はダメよ。涼司にマジ説教されるから。十歳過ぎたら飲ませてあげる」
どこかズレたその教育方針にツッコむ良識ある大人が不在のまま、三人はのれんをくぐって店内へ。
「いらっしゃ……おぉ、あっちゃん! よく来たな」
「あら、今日は可愛い子連れてるじゃな〜い」
「あたしの息子と姪っ子よ。仲良くしてやってね」
「こ、こんばんは」
「お〜っす!」
ぺこりとお辞儀する優梨に対し、大きく手を振り上げて友達感覚で挨拶する幽助。自分で言うのもなんだがこれが育ちの違いか、と温子は思った。
「「「かんぱ〜い!!」」」
席に着くなり『とりあえず生!』と温子は豪語。飲み物が届く頃にはテーブルの周りに大勢の人が集まっており、グラスをぶつけ合わせる。子ども達にとっては会ったばかりの名前も知らないような人たちだが、そんな事はお構いなしだ。
もちろん幽助と優梨にはオレンジジュースが運ばれてきていたが、そのうち一人は納得していない。
「オレもさけ飲む!」
「あらぁ、ぼうやイケるクチ?」
「おねーさん達と一緒に飲みましょ〜」
自分のことを"おねーさん"と言いながら近づいてきたその集団は明らかに男。温子の友人はこのテの変わった人物が多い。
「オッサンよりキレーなねぇちゃんがいい」
「んまぁ! ハッキリ言うわね、この子。アケミちゃんショック〜」
「幽助くぅん、心の狭いオトコはモテないわよ〜」
"オッサン"発言がオカマ魂に火を付けたのか、やたら絡まれるハメになる幽助。
その一方で、本物の"おねーさん"に捕まっているのは優梨だ。
「やぁだ温子ちゃん、この子めっちゃくちゃ可愛いじゃない!」
「ぜ〜ったい、将来美人になるわ!」
「ふぇ!? あの、どうも……」
「や〜ん照れちゃって、かぁわいい!」
マニキュアで彩られた爪の目立つ指先で、髪やら頬やらを弄ばれる。それがなんだかくすぐったかった。
「よぅし、ここで"美少年"投入!!」
宴もたけなわとなった頃、温子が高らかに叫ぶ。
日本酒の"美少年"は匂いの強さに定評のある酒だ。温子の好物でもある。
「あっちゃん、一気!」
大将に乗せられたこともあり、子ども達がいることを忘れて思いきり飲んだ。
……これがマズかった。
「ちょっと温子ちゃん、この子……なんか顔赤いわよ?」
客のひとりが、優梨の異変に気づいた。
「えぇ!? やだ、誰も飲ませたりしていないでしょうね?」
「おい優梨! どうしたんだよ!? おいってば!!」
慌てた温子と幽助が揺さぶって様子を確かめる。反応が薄い。
さすがに危ないのではと、背筋が凍りつきかけたその時……
「んぅ〜……しい」
「は?」
「たぁのしいぃ〜〜」
へろん、と表情が緩み急激に笑顔になる。それを見た温子は脱力。
(び、びっくりしたぁ)
優梨に万が一のことがあれば、死んだ姉夫婦に申し訳が立たない。驚きと安堵でへたり込んでしまった。
「な……なんだよ、おどかすな!」
「だぁって、たのしんだもん! きゃはははは……!」
何が楽しいのかはよくわからない。『箸が転がってもおかしい』というやつか。
あるいは、飲みの席とはそんなものなのかもしれない。