守りたい 番外編
□始まりの刻
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――石段を登ると、そこはお寺でした。
"厳か"とはこういうことをいうのだろう、と優梨は十歳ながら肌で感じた。
山の上の寺など、ありがたみ溢れることこの上ない。周囲の大自然と相まって仙人の住処のようにも見えた。
「……ここで、いいんだよね?」
優梨はポケットから罫線の引かれた紙を取り出し、そこに書かれた文字を目で追ってみる。手帳の一ページを破っただけのその紙切れは、けれども綺麗に折り畳まれた跡こそあれど、シワひとつ見当たらない。
大切に保管しているのが見て取れた。
「誰もいないのかなぁ?」
人の気配がまるで無い。
人だかりの出来る場所でないのは確かだが、こうも静かだとそれはそれで不安だ。
「すいませ〜ん」
呼んでみる。……返事はない。
インパクト不足か?
「たのもォ〜〜!!」
叫んでみる。すると障子が開いた。
中から小柄な老女が出てくる。
「道場破りなら間に合ってるよ」
「違いますよぅ」
人に会えて安心した優梨は、パタパタと彼女の元へ駆け寄った。
「おばぁちゃん、ここの人?」
「だったらなんだい」
「え、っとね。"ゲンカイ"……さん? って、知ってる?」
「疑問形の理由はよく分からんが、幻海ならあたしだよ」
理由はちゃんとある。
手帳の走り書きには"幻海"としたためられてはいるのだが、あまりに珍しい名前で読み方に迷ったのだ。
「じゃあ、おばぁちゃん名医さん? ヘンなのが見える私の目、治してくれるの?」
「さっきから何なんだい、要領を得ない娘だね。あたしゃ医者じゃないんだ。目が悪いなら眼科に行きな」
「えぇ〜〜!? だってだって、忍ちゃん言ってたんだよ? 『症状が悪化したらこの人を訪ねなさい』って!」
優梨は納得いかないとばかりに、幻海に手帳のメモを突き出した。
室内へ引っ込もうとしていた彼女は振り返り、億劫そうにそれを眺める。
すると微かに眉をひそめ、次いで優梨の顔をじぃっと見つめた。
「……なぁに?」
「なるほど。確かに霊気だだ漏れ、って感じだね」
「レイキ……冷気? 別に今、寒くないよ?」
「そっちじゃないよ。……まぁいい、誰に聞いたか知らんがとにかく上がりな。茶ぐらいは出してやる」
「わ〜い! 山道いっぱい歩いて疲れてたんだぁ。おじゃましま〜す」
ここへ来た目的を忘れた訳ではないが、骨休めはしたいと思っていたところだ。
なにせ足はクタクタ、喉はカラカラ。まさに砂漠に発見したオアシス。
優梨は誘われるまま、快活な調子で上がり込むのだった。