その他
□明日の行方
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乾いた風が、黒髪を暗い虚空に漂わせる。
イード砂漠から程近いこのアルスター城では、乾燥地帯の気候の影響を直に受けていた。心なしか、空気も砂埃混じりだ。
昼間はチリつくくらいの陽の光が燦々と降り注ぎ、夜の闇が辺りを包めば途端に冷え込みは厳しくなる。
今時分は、まさに漆黒の景色。雄大な自然の中には一つの灯りさえ無く、月だけが煌々と輝いていた。
シャナンはそれを城壁の上の一角から眺めていた。
眠れなかったのだ。覚めやらぬ興奮が、まだ胸の奥で渦を巻いている。
外壁に腰を据えたまま、握った剣の細い刀身に目を落とす。
(神剣バルムンク……ついに私の手に……)
十数年前――父の死によって行方が分からなくなっていた、イザーク王室の宝剣。正統な王位継承者の証でもあり、伝説の十二聖戦士が残したとされる至高の武器。
それがイード神殿にあるという情報を得たシャナンは単身で敵地へと潜入し、とうとう剣を取り戻したのだ。
(……父上……母上…………アイラ……)
かつて、グランベルの陰謀によって無念の内に倒れた誇り高き両親。そして国を追われた幼い自分を守り抜いてくれた、強く美しい叔母。
愛しく、親しく、懐かしい人達……
大切な人達と過ごした還らぬ日々に想いを馳せ、シャナンは静かに目を閉じる。おそらくそんな時間が取れる機会は、これからどんどん減っていくだろうから。
「イザークもダナンの手から解放され、レンスターの救援も無事間に合った。あとはトラキア地方とグランベル、か……」
口にしてみて改めて思うのは、これからの戦いは更に苛烈を極めるであろうこと。この手に戻ったバルムンクが、きっとそれを切り拓く力になるであろうこと。
「まだまだ私は、そちらに行けそうもありません」
もとより死ぬつもりなどは毛頭無いが、誓いを立てる意味も込めて敢えて言葉にしてみた。そうして自分自身に言い聞かせる。
約束したのだ。あの人と。
守りきるのだ。セリスと、そして……
「シャナン様?」
突如として背後から掛けられた声に、シャナンははっとなる。それは今まさに思い浮かべていた人物のものだったからだ。
「ユリア……と言ったな」
「はい」
銀の髪で月明かりを照り返し、しっとりと佇む記憶喪失の少女。唯一覚えていたというその名を呼べば、穏やかな微笑みで会釈される。
「こんな時間にどうしたのだ?」
「眠れなくて……あの、お隣……お邪魔してもよろしいでしょうか?」
「む……構わぬ、が……」
一瞬、追い返そうか迷った。
明日は早朝にこの城を発ち、レンスターに拠点を移すことになっている。先発隊を救援に向かわせてあるのだが、斥候がもたらした情報によりコノートには新たに兵が集結している事が分かったのだ。
つまり、夜明けと共に出撃せねばならない。体力のある自分はともかく、本来なら彼女はもう休ませなくてはならなかった。
それをしなかったのは、ユリアの纏う雰囲気に陰りのようなものが見受けられたからだ。
この感傷の名を、シャナンは知っている。かつてオイフェと共にセリスら子供達を連れてシグルドの元を旅立った頃、自分自身も抱えていた感情。
――"不安"、と呼ばれるものだ。
「何か……気になることでもあるのか?」
「……ッ」
並んで腰を下ろしたユリアの、伏せられていた長い睫毛が揺れた。小刻みに震え、心に覆い被さった大きな暗雲に怯えている。
彼女は小さく口を開き、けれど何かを躊躇って閉じ、しかしやはりと意を決したかのように息を吸った。
「……夢を……」
か細い声を振り絞り、ユリアは言を紡ぐ。
「夢を、見ました」
「どのような?」
「……セリス様が……」
そこで一度、彼女は言葉を切る。
よくよくその表情を覗き見てみると、今にも泣き出してしまいそうな程にまでなっていた。眉は歪み、瞳は所定まらず、呼吸の間隔も明らかに短い。
暗がりのせいで判別出来ないが、顔色も青ざめているのであろう事は確かと言えた。
ユリアは再び、空気を取り込む。