その他


□空腹は食事の最高のスパイス
 団欒は食事の最幸のスタイル
2ページ/2ページ




「ただいまヨ〜」
「銀さーん、お土産に団子包んでもらいましたけど、食べますか?」

 耳に馴染んだ明るい声で、ごくごく自然に覚醒した。
 同時にけたたましく足音が鳴り響き、新八と神楽が帰宅したのだと理解する。一際大きな振動は、定春の巨体によるものだろう。どうせまた神楽とじゃれ合っているに違いない。

「んぁー……」

 ぼんやりと身を起こした銀時は寝ぼけ眼をこすり、彼らとは真逆ののんびりした足取りで居間へ赴く。
 いつの間にか陽は傾き、西の空は茜色。一体どのくらい眠っていたのだろうか。自分でも驚くほど熟睡していたらしい。
 こんな事は久しぶりだ。浪士の襲撃を受けて以降、気を張り気味で寝付けない日が続いていたというのに。

「銀さん……って、アレ? アンタなにだらけてるんですか。もう夕方ですよ。まさか帰ってソッコー夢の中だったんですか?」
「しょうがねぇだろ。銀さんお疲れなんだよ。一生懸命働いてへとへとなんだよ」
「たまに仕事こなしたからって偉そうにしないでください。この万年ダメ人間」
「万年メガネのお前に言われたかねーよ」
「万年メガネってなんだァァ!! っつーかメガネ掛けてるヤツはみんな万年メガネだろうが! 僕だけじゃないでしょうが!」
「いやいや。お前の万年は未来永劫、って意味だからね。生まれ変わってもメガネ一択だからね。他の人が一から新たに始まる人生でも、お前だけは生まれた時からメガネだからね。むしろメガネとして誕生するからね」
「それただのモノホンのメガネだろうが!」
「そうだよ。それこそが新八だろ。メガネこそが新八の生きる道であり、全ての新八はメガネへと還るんだよ。輪廻転生ずっとメガネなんだよ」
「全ての新八ってどういう事だァァァ!! "銀魂"に於ける志村新八は、正真正銘僕一人ですよ!」

 掴み掛かってきたツッコミメガネに身体を揺さぶられ、寝起きの脳が混濁する。まるで二日酔いのような錯覚に陥り、思わずこめかみを押さえた。

「ほらほら新ちゃん、その辺にしてあげなさいな」

 くすくすと笑いながら妙がそれを制し、ようやく新八が伝家の宝刀を収める。姉に従順なシスコンメガネがぱっと表情を変えた。

「姉上、洗濯ありがとうございました」
「アネゴ、ちゃんと私の分だけ別で洗ってくれたアルよ。おかげで銀ちゃんの加齢臭も新八のメガネ臭も全然移ってないネ」
「ちょっ、銀さんまだ加齢臭なんて出てないから!」
「いやそれよりメガネ臭にツッコめよ! 神楽ちゃん、変なこと言わないで!」
「ありがとうネ、アネゴ」
「「無視か!!」」
「あらいいのよ、そんなの」
「「こっちも無視か!!」」
「それより銀さん。服、乾きましたから。さっさと着替えてくださいな」
「あぁ? いいだろ別に、このままでも」

 どうせ後は飯食ってまた寝るんだから。そう返せば、今度は神楽の表情が輝く。

「アネゴ、今日焼き肉奢ってくれるって。ソフトクリーム作れるとこ連れてってくれるって!」
「なに!? マジか!?」
「マジですよ」

 肉。肉が食える。何ヶ月ぶりかの肉が!
 それは食欲魔神の神楽や育ち盛りの新八でなくとも魅力的なお誘いだ。銀時だって肉は食べたい。

「でも姉上のお給料日、まだ先ですよね?」
「ふふ、臨時収入があったのよ」

 そんな妙が懐から取り出したのは黒革の長財布。どう見ても女性物ではないそれは、確かに膨らみからしてそれなりに入っているようだが……

「あの……姉上? それ、なんです?」
「ゴリラの嘔吐物が化石になったものよ」
「すごいネ! ゴリラのゲロが私たちの焼き肉になるなんて」
「いやいやいや!! それってつまり、近藤さんの忘れ物って事でしょう!?」
「忘れ物じゃないわ。落とし物よ」
「結局近藤さんの財布じゃないですか!」

 さすがはメスゴリラ。自身をストーキングしているゴリラのことなどペット以下の下僕扱いだ。
 お前の物はオレの物。まさに女版ジャイアンである。

「いくらなんでもそれはマズイですよ! 持ち主が判ってる落とし物を勝手に使うなんて」
「構うことないアル。拾った人は一割貰える決まりネ」
「それはちゃんと警察に届けた場合の理屈でしょう。っつーか、曲がりなりにも一応あの人らが警察ですからね」
「ぱっつぁんよ。制服着たゴリラが公僕を名乗るなら、給料はバナナで充分だ。残った金は食うに困った善良な市民に還元されるべきだろ。ゴリラも幸せ、俺らも幸せ。な? 万事丸く収まるってモンよ」
「何が丸いんですか。角立ちまくりでしょうが!」

 せわしなく右へ左へと首を振って新八はボケの処理をする。忙しいヤツだ。
 しかし銀時も神楽も、ここまで来て焼き肉を諦めるほど聞き分けが良くはない。だって肉だぞ。肉なんだぞ。

「実はね」

 助け船を寄越したのは、やはり妙で。

「あのゴリラ、夕べ珍しく隊士の方を何人か連れてきたのよ。ところがその人たちが酷く悪酔いして、叫ぶわ暴れるわ裸踊りはするわの大騒ぎ。あ、裸踊りをしたのはゴリラだけなのだけどね。おまけに店のガラスまで割ってしまって……もう散々」
「そ、それはまた……」
「それで今朝、酔い潰れたゴリラを引き取りに来た土方さんに事情を話して、店の修理費をこの財布から抜かせてもらったのよ」
「その財布が、どうしてここにあるんですか?」
「必要な金額を頂戴した店長がゴリラのポケットに戻したのだけど、迎えの方々が担ぎ上げた拍子にぽろっと……ね」
「…………」
「これはもう、『思う存分使ってやりなさい』というお導きじゃないかと思ったの」
「……えっと……」
「だから、ね?」
「いや『ね?』じゃないですよ姉上ェェ!! 真剣な顔で何を言い出すのかと思えば、言い訳にもならないただのいきさつじゃないですか! 近藤さんに無断で使おうとしてることに変わりないじゃないですか!」
「ちょっとばかり修理費に上乗せするだけよ」
「大丈夫だって新八。アイツら無駄に高給取りなんだから、四人と一匹の食事代くらいどうってことねぇよ」
「いやいや、神楽ちゃんと定春だけで軽く十人前超えるでしょ?! 全然四人と一匹じゃないでしょ!」
「新八の分際でレディに向かって失礼アル」
「分際とか言うなァァ!!」
「じゃあぱっつぁんだけ留守番するか?」
「僕だけ除け者にするつもりですか!?」
「だって俺、ソフトクリーム食べてぇもん」
「もんじゃねぇんだよ。可愛くねぇんだよ」
「はいはい、ケンカしないの」

 睨み合う銀時と新八の間に妙が割って入り、両手を二回叩いて止めの合図とする。他人の金で贅沢な食事が出来るとご機嫌な彼女からは、いつものような鉄拳の洗礼が飛んでこない。
 ゴリラもたまには役に立つではないか。銀時は近藤の評価をわずかに改めた。

「せっかくの機会なんだもの、みんなで楽しく食べに行きましょう。特に新ちゃんと神楽ちゃんは栄養補給のチャンスを逃してはいけないわ。それに……」

 妙が銀時を見る。
 銀時は訝しむ。

「それに?」
「"腹が減っては戦は出来ぬ"っていうでしょう?」

 何かを含んだような笑顔とその言葉に、銀時は妙が自分のしようとしている事に気づいていると確信した。家事の手伝いも食事の誘いも、全部その為なのだと。

(怖ェ女だ)

 きっかけはおそらく、近藤が"すまいる"に隊士を同行させたこと。件の攘夷浪士の動きを真選組が掴んでいたのだとすれば、昨晩の馬鹿騒ぎとやらは士気を上げる為の戦前酒盛りといったところなのだろう。
 更に迎えに来たという土方にも探りを入れ、妙も事件のことに勘づいたのか。

 本当に、この女は、どこまで……

「……奢りって話、マジなんだろうな?」
「ええ、もちろん。ウチの家計には何ら影響の無いことですから」
「よっしゃ。ならいっちょ繰り出すか!」
「ああもう、どうなっても知りませんからね!」
「おぉ、ついに新八も乗ってきたアルな」
「こうなったらヤケですよ。上カルビ食ってやりますから!」
「私、特上塩タン食べるネ! 定春は生肉ガンガンいくアルよ!」
「わん!」

 万事屋の、家族の、空気が――ひとつにまとまる。
 いつだってここが自分のスタート地点で、唯一の帰る場所だ。
 だから、

「よし……んじゃ、行くか!」

 英気を養い、一人で戦場に赴いて、そこで何が起きたとしても……必ず還るから。新八がいて、神楽がいて、定春がいる、この"家"に。
 そしてもう一人、共に待っていてくれる彼女の元に……――

 銀時は仲間という名の家族と並び、夕闇空のかぶき町を歩き始めるのだった。
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ