★コアラの部屋
□包み込むように
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その機会は、思いの外早くに訪れた。
心の準備さえ付かない間に。
自分の気持ちに気づいてしまってからは、己自身でも笑ってしまうくらいにおかしかった。
いつもはしないようなミスを連発し、今もシンタローに長い説教をくらっていた。
しかも、その説教の最中ですら、どんなふうに返事をしたらいいか、などと考えてしまうものだから、
シンタローの説教も上の空になり、さらに説教が長引いていた。
見かねたキンタローが助け船を出さなければ、さらに一時間は長引いていただろう。
総帥室を後にしたアラシヤマは、やはり考え事をしながら自分のオフィスへと向かっていた。
部下が帰った後の部屋は静まり返り、アラシヤマの足音と呼吸しか聞こえなかった。
こんな風景は見慣れていたのだけれど、いつからこの日常を少しずつ寂しく感じ出したのだろう。
己以外信じるなと教え込まれ、それが絶対だったアラシヤマにとって、
今の心境は考えたこともなかったし、教えてももらえなかったことだ。
立ち上がったままのパソコンを、何をするわけでもなく、ぼーっと眺めていた。
ふと目線をそらせば、やりかけの書類の束がいくつか目に入ったが、
こんなぼんやりとした気持ちのまま仕事をしたいとは思えなかった。
それに、またつまらないミスをしてしまうかもしれないリスクを思えば、なにも今から無理して仕事をすることもない。
ちょうど明日からは休みに入る。
休みの間に気持ちをリセットしよう。
アラシヤマはそう決断すると、パソコンの電源を落とし、オフィスを後にした。